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014 還元

「なんだと?」


 レオンハルトの眉間に皺が寄る。

 私の発言に驚愕していた。


「私は町長として、全力で〈ドーフェン〉を発展させます。レオンハルト様がおっしゃるように、今の〈ドーフェン〉は片田舎の小さな町です。若者は誰も行きたがらないでしょう。しかし、私がこの状況を変えてみせます!」


「ユニークスキルの力で大都市にするのか?」


「いえ、それは難しいと思います。地理的な条件が悪いため、ユニークスキルを最大限に活用しても人口の大幅な増加は見込めません。ですが、誰もが羨む最先端の町にすることは可能です!」


 私は一呼吸置いてから、最高の笑顔で言い放つ。


「楽しみにしていてください。私の力で、絶対に〈ドーフェン〉を流行の発信地にします! ここ〈ルインバーグ〉や王都〈ノヴァリス〉の人でさえ行きたくなるような町にしますから!」


「君なら本当にできそうな気がするよ」と笑うレオンハルト。


「あと、冤罪の件は気になさらないでください。ユニークスキルを使えば、真相を暴くことは容易なんです」


「そうなのか?」


「はい。ですが、あえて暴いておりません」


「どうしてだ?」


「私の目標が〈ドーフェン〉を発展させることだからです。冤罪であることを証明してしまったら、〈ドーフェン〉の町長ではいられなくなります。だから、進んで重罪人の十字架を背負っているのです」


 私が微笑むと、レオンハルトはハッとした。


「たしかに、冤罪を証明したら君は〈モルディアン〉の市長に返り咲いてしまう。そうなれば〈ドーフェン〉を離れることになるな」


「おっしゃるとおりです。〈モルディアン〉は生まれ育った思い入れのある都市ですので、いつかは戻りたいと考えています。ですが、今はそのときではありません」


「よくわかった。そういうことであれば、〈アルケオン〉の話はなかったことにする。陛下にも君の考えを伝えておくよ」


「ありがとうございます、レオンハルト様」


 私はレオンハルトに深く一礼した。


 ◇


 レオンハルトとのやり取りが終わると、私は〈ルインバーグ〉を発った。

 ルッチの馬車で、長い時間をかけて〈ドーフェン〉に戻った。


「正確には来月からですが、〈ドーフェン〉では他所に先駆けて洗口液の義務化を実施します!」


 私は広場に町民を集めて、洗口液の配布を開始した。


「マリア様ー、洗口液ってなんですかー?」


 若い男が尋ねてきた。

 他の町民たちも不思議そうに私を見ている。


「口を綺麗にするための液です! 蓋の内側に目盛りが付いているので、そこまで液体を入れたら、それを口に含んで20秒ほどすすいでください! これを毎日、朝夕の2回行うことが義務づけられます!」


「ほへぇー!」


「あと、公衆浴場にシャンプーとボディソープを常設することにしました! シャンプーは頭を洗うためのもので、ボディソープは首から下を洗うためのものになります!」


 知らない人が多いため、あえて「石鹸」というワードを避ける。


「酢じゃダメなんかのう?」


 農家のお爺さんが笑いながら言った。


「全然違いますよ!」


 そこで言葉を区切ると、私は庶民受け抜群の必殺ワードを繰り出した。


「シャンプーやボディソープは国王陛下や公爵様も使っていますから!」


「「「なんだってー!?」」」


「一口に『シャンプー』や『ボディソープ』と言っても、私が買えるものには種類があります。ですが、公衆浴場に設置するものは国王陛下や公爵様が使っているものと同じです!」


「「「おおおおおお!」」」


 場がどっと湧いた。

 この国の庶民は、誰もが貴族に憧れている。

 なので「これは貴族の文化」と言えば大喜びで受け入れるのだ。

 もともと、歯磨きもこの方法で普及しようと考えていた。


「町長なのに町を離れることが多くて恐縮ですが、今後も頑張って皆様の環境を改善してまいります! 応援のほど、何卒よろしくお願いします!」


 私は笑みを浮かべて、町民たちに頭を下げた。


 ◇


 この世界の庶民は、衛生に関する意識が高い。

 意識の高さだけでいえば、現代の日本人をも上回るだろう。

 衛生環境に起因する健康被害が非常に多いからだ。

 そのため――


「やっべー! 髪がさらさらすぎるんだけど!」


「酢とは洗浄力が違うぜ! 洗浄力がよぉ!」


「香りも段違いだわ! これが貴族の匂いなのね!」


 シャンプーとボディソープは、あっさり受け入れられた。

 町に一つしかない公衆浴場は、たちまち大人気スポットになった。


(この感動が王国中に広がるのも時間の問題ね)


 公衆浴場から出てくる町民を眺めながらニコニコする。

 しかし、それを見ていて大切なことに気づいた。


(シャンプーとボディソープの価格を決め忘れていた!)


 円卓会議で決まったのは、洗口液の販売価格だけだ。

 シャンプーとボディソープについて、あの場にいる全員が忘れていた。

 私を含めて、誰もが洗口液の件に意識が集中していたのだ。


(公衆浴場は公営だし、シャンプーとボディソープも実質的には社会保障に含まれるようなもの。洗口液の値決めで聖人認定されちゃったし、洗口液と同じ原価率で販売することにしよう)


 私は家に戻り、タイプライターで文書を作成した。


 ◇


 翌朝、私は再びすべての町民を広場に集めた。


「マリア様、今日はどうしたんじゃー?」


「何か必要なことがあるなら言ってくれ! 協力するぜ!」


 私を中心に、町民たちが半円状に集まる。


「よいしょっと……」


 私は〈万能ショップ〉で即席の演壇を設置した。

 その上に立ち、皆の顔を見回しながら演説を始めた。


「約1ヶ月半前、私は『外貨の調達』を目的として、皆様に出資を募りました。それによって、総額で903万2400ルクスという大金を獲得しました」


 皆が私の言葉に耳を傾ける。


「私はそのお金を元手にして、郵便事業の発展に努めてまいりました。その結果、公爵領のみならず他領にも紙とボールペンを普及させることに成功しました。私の収入は町の収入であり、それは右肩上がりで増加しています」


 私は笑みを浮かべると、右手を突き上げた。


「つまり、皆様のおかげで外貨の調達に成功しました! そこで、これよりご出資いただいたお金を返還いたします!」


「「「――!」」」


「もちろん、今後も原則として無税の方針を貫くのでご安心ください!」


 私は演壇から降りると、近くにいる人から順にお金を返していった。


「アーノルドさん、7000ルクスもご出資いただきありがとうございました。あなたが最初に声を上げてくれたことで、皆様がご出資を決断しました。私を信用していただいたこと、心より感謝申し上げます」


 中年の男・アーノルドは、「え?」と驚きつつ7000ルクスを受け取った。


「ベンジャミンさん、4500ルクスもご出資いただきありがとうございました。行商人に使おうと貯めていた大事なお金を私に託してくださったこと、心より感謝申し上げます」


 短い言葉を添えて、丁寧に手渡しで返していく。


「マリア様、俺たちの名前と出資額、全部覚えているのか……?」


 アーノルドが尋ねてきた。


「はい! もちろんです!」


 私が即答すると、皆は愕然とした。


「俺はこの町に20年以上住んでいるけど、全員の名前を覚えているかって言われたら怪しいぞ……」


「よしんば名前を覚えたとしても、出資額を記憶するなんて不可能だろ……」


「それをわずか1ヶ月半で……」


「いや、1ヶ月半は町長に就任してからの期間だ。マリア様は郵便事業の都合でほとんど町にいなかった。この町で過ごした期間だけなら3週間も経っていない」


「すごいな、マリア様……」


 皆が私の記憶力を絶賛している。

 おそらく逆の立場なら、私も同じ反応をしていただろう。


(ふふ、前世で会社を経営していた経験が役に立ったわね)


 ビジネスの世界では記憶力が大きな武器になる。

 だから、一流の経営者はどれだけ老いても記憶力が衰えない。

 無意識のうちに記憶術を培っているからだ。


 今回の件で、前世の能力を引き継げることの強さを実感した。

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