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011 円卓会議

 私が〈ドーフェン〉の町長に就任してから1ヶ月半が経った。

「もう1ヶ月半」と言うべきか、それとも「まだ1ヶ月半」と言うべきか。


 とにかく、その間に公爵領では郵便が完全に普及した。

 今では〈ドーフェン〉のような田舎町にすらポストが設置されている。

 誰もが楽しい文通ライフを送っていた。


 おかげで〈ドーフェン〉の財政も絶好調だ。

 公爵領以外からも需要があるため、いくらでも売れる状況だった。


 売上から商品代を差し引いた粗利益(あらりえき)は2000万ルクスを超えた。

 町民に投資してもらったお金を含めると、所持金は約3000万ルクスに達する。

 領主税の下限額は月10万ルクスなので、支払いは造作もない。

 郵便事業も一段落したし、そろそろ町民に収益を還元する頃だろう。


 だが、その前に大事な会議を乗り切らねばならない。

 そのために、私は〈ルインバーグ〉にある公爵の居城にいた。

 円卓の間――巨大な円卓がある広い部屋――で、レオンハルトや公爵領の市長たち、それに各都市の商業ギルドの会長たちと円卓を囲んでいる。


「マリア、〈モルディアン〉の騒動は知っているか?」


 本題に入る前に、右隣に座っているレオンハルトが言った。


「いえ、〈モルディアン〉で何かあったのですか?」


 〈モルディアン〉は、長らくホーネット家が治めていた都市だ。

 父の死後は私が市長になったが、その任は数ヶ月で解かれることになった。

 元婚約者のライルに濡れ衣を着せられて、事実上の追放処分を受けたからだ。

 皮肉なことに、今ではそのライルが市長になったと聞く。


「都市の全域で下痢や嘔吐などの症状が出たそうだ」


「え……」


「典型的な水質悪化の初期症状ですな。マリア様が上水道を整備した際に定められた手順に従わず、適切な維持管理をしなかったのでしょうな」


 そう言ったのは、公爵領の第三都市で領主を務める中年の男ザルスだ。

 優しい方で、私の父とも親交があった。


「大丈夫なんでしょうか?」


 私は不安になった。

「水質悪化の初期症状」と呼ばれるものは、現代で言う「食中毒」だ。

 私の設計通りに〈モルディアン〉が機能していれば絶対に起きない。

 ということは、後任のライルが私の設計を狂わせたことになる。


「ローランド伯爵が迅速な対応をしたおかげで、幸いにも一過性の被害で済んだ。ただ、観光客はしばらく寄りつかないだろうな」


「よかった……」


 それにしても、まさか就任から2ヶ月もしないうちに問題を起こすとは。

 ライルの無能さには呆れるばかりだ。

 きっと強引なコストカットを実施したのだろう。

 ダメな経営者にありがちな愚策であり、この世界でもよく見られることだ。


「よかった? 意外な反応だな。断言はできないが、おそらくそなたを陥れたであろう男の失態だぞ?」


 レオンハルトが首を傾げた。

「断言できない」と前置きしたのは、ライルの自白を知らないからだ。


 私は、自分の冤罪を仕組んだのがライルであることを黙っていた。

 ライルの自白以外に証拠がないし、もはやどうでもいいことだからだ。

 そもそも、話題になるまでライルの存在自体を忘れていた。


「私が『よかった』と申し上げたのは、市民の被害が最小限に済んだからです。ライル様の失態につきましては、私の関心事ではございませんので」


「なるほど、実に素晴らしい考えだ。そのように考えられる者は本当に少ない。マリア……そなたは器が大きいな」


「我々も見習わなければなりませんな」と、ザルスが嬉しそうに笑った。


 話が落ち着くと、レオンハルトは「さて」と話題を変えた。


「本題に入ろう」


 皆の顔が引き締まる。


「まずは郵便事業に関する認識の共有からだ。諸君の働きによって我が領の全域に〈郵便〉の概念が浸透した。一部では郵便局の人員確保に苦労しているようだが、それも時間をかけて対処していけばいい」


 レオンハルトは現状を整理したあと、一呼吸置いて続きを話した。


「また、子爵から自分の領内でも郵便事業を展開したいとの強い要請が来ている。我々には郵便関連の技術……郵便局の作業内容や効率的な郵送手段などを教えてほしいそうだ。俺は肯定的に見ているが、諸君はどうだ?」


「公爵様、私も賛成でございます!」


 いの一番に声を上げたのは、ザルスの治める都市で商業ギルドの会長である若い男だ。

 バイホーンという名で、若いといっても20代後半である。

 私より10歳近く年上だ。


「子爵様とは友好的な関係を築いていますし、恩を売るいい機会になります! それに郵便事業が本格化すれば、紙とボールペンの消費量が急増します。マリア様のお力があれば無理なく必要な数を用意できますし、乗らない手はないかと!」


 この言葉に、他の会長たちも頷いている。

 一方、名だたる都市の市長たちは難色を示していた。


「私は反対ですな」


 そう言い放ったのはザルスだ。

 自らの都市で商業ギルドを束ねているバイホーンに真っ向から反論した。


「子爵様との関係を考えれば、たしかに応じたいところです。しかしながら、郵便事業は郵送の負担が非常に大きいです。既存の行商人を活用している我々ですら、田舎町における郵便事業は赤字です。子爵領は広い領土に無数の小さな集落が点在していますので、メリットよりもデメリットが上回ると考えます」


「お言葉ですが、ザルス様、メリットとデメリットの判断をなさるのは子爵様であり、我々が考えることではないのではございませんか?」


 この言葉にザルスが反論しようとしたところで、レオンハルトが遮った。


「二人とも熱くなるな。ここでのルールを忘れたのか?」


 ルールとは、「論戦の禁止」というものだ。

 レオンハルトが進行役を務めて、他の者は自分の意見を述べるにとどめる。

 それ以上の発言は認められていなかった。


「「申し訳ございません」」


 ザルスとバイホーンが頭を下げた。


「皆の反応を見る限り、領主と商業ギルドで見解が二分しているようだな」


 そう言うと、レオンハルトは私を見た。


「マリア、君はどう思う?」


「私……ですか?」


「ああ、君の意見を聞かせてほしい」


「よろしいのですか? 私は〈ドーフェン〉の町長であり、本来であれば口を出せる立場にございませんが……」


 この場にいるのは、公爵領で高い地位を誇る者たちだ。

 小さな町の町長が参加していること自体、異例のことだった。


「君はやむなく町長の座に甘んじているだけで、実力は大貴族を凌駕している。ユニークスキルを度外視したとしても、上下水道の整備や市長代行として〈モルディアン〉を統治していた実績を見れば、君の才覚が非凡なものであることは明白だ。だから、忌憚(きたん)のない意見を聞かせてほしい」


 レオンハルトが力強い眼差しを私に向ける。

 その目を見れば、彼が本気で意見を求めていることがわかった。


「わかりました。では、私の意見を述べさせていただきます」


 子爵領に郵便事業を展開すれば、紙とボールペンの需要が急増するだろう。

 それは〈ドーフェン〉の収入が増えることを意味する。

 〈万能ショップ〉はまとめ買いできるため、私の負担はまったく変わらない。

 それでも――


「私はザルス様と同じ立場であり、バイホーン様のお考えに反対です」


「で、そのバイホーンは俺と同意見なわけだから――」


「はい、レオンハルト様のお考えに反対しています」


 皆が驚いて、場がざわつく。

 どうやら私はレオンハルトに賛成すると思われていたようだ。


「ほう? 誰よりも郵便事業に情熱を注いできた君が反対するのか」


 レオンハルトは愉快げな笑みを浮かべていた。

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