第1章 3 : 踏み出すか、見逃すか?
ごちゃごちゃとした足音と息遣いが入り混じって、思わず緊張してしまう。でも、そういう心の動きよりももっと怖いのは――
「あ~、逃げれば逃げるほど獲物の必死さがたまらんぜ。お前、小さいくせに足だけはなかなか速いな? は! 分かった、王都で鶏泥棒や空き巣を繰り返して、鍛えたんだろ、ハハハッ!――逃げる気か? 残念、遅いわ!」
白髪の少女は少年を大きく引き離し、その姿が曲がり角で消えるのを見て、少年は思わず足を速めた。ようやく角までたどり着いた時、凶悪な言葉が耳に飛び込んできた。曲がり角から飛び出そうとした少年は慌ててブレーキを踏み、少し落ち着くと壁に背中をぴったりと付けて、続く会話に耳を澄ました…。
「あ、あんたたち…なぜ私を執拗に追いかけるのよ!? 私は何もしてないのに!」
少女の発言。敵意を露わにしたその声は、二つの分厚い男性の声からのものだった。侮辱的な言葉は少女の逆鱗に触れたようで、彼女の感情は異様に高ぶっている。
「そりゃあ、お前が“何もしていない”からだよ。お前みたいに、俺たちよりも格上の『藍の瞳の魔導術士』でありながら、魔法一つ発動できないなんて、俺たちの鬱憤を晴らすには持って来いの的だろ。どこの家柄の娘かは知らんが…いやいや、この年でまだ魔法の教育すら受けてねぇんだ? 多分、落ちぶれたどこの賤民の家ってところか? それとも…家族すら持たない落ちこぼれか?」
「や、やめて…お願い…そんなこと言わないで…」
おそらく心に深く傷つけられたのか、少女はさっきまでの威勢を保てず、よろめきながら二歩後退りすると、もはや何も言えなかった…涙が伝った頬が微かに震えている。
「(ちっ、この野郎め…! アイツがそんな奴なわけがないだろ!)」
聞き耳を立てていた少年は、この言葉に全身に怒りがこみ上げ、壁を拳で何度か叩いた。今すぐ飛び出して、あいつの脳天を思いっきりぶん殴りたくてたまらなかった。しかし、向こうの二人の体格を見ると、実力差は歴然だった。飛び出しても無駄死にの確率の方が高い。だから、少年はもう少し様子を見ることにした。
「おお? 当たったか? じゃあ、盗みの件も説明がつくな。残念だったな、愛慕の神姫ラフリ様がこんなに美しい瞳をお前に授けたのに、お前には…その価値がないよ! よし、騎士団の連中の分も含めて、ちったぁお仕置きしてやるぜ!」
言葉が終わるか終わらないかの瞬間、一本の短剣がまっすぐ少女の顔に向かって放たれた! 幸い、彼女の反応は素早く、体をかわして致命傷はかろうじて避けた。しかし、かわした反動でバランスを崩し、続く重い一撃を避けきれず、少女は地面に叩きつけられた…。
「きゃあっ!」
「(ヤバい…! まずい、奴ら本気だ!)」
少年は、あの二人が少女にそこまでのことをするはずがないと思っていた。しかし、彼らが実際に手を出した瞬間、はっきり分かった。あいつの人間性と良心を、甘く見積もりすぎていたのだ…。少年は、今すぐにでも助けに行かなければと確信した。相手が強かろうとなんとかろうと…なぜか分からない。それが男としての選択だと思えたのだ。これ以上考えている余裕はない、と少年は蹴り出す寸前で――。
「(…なぜ助ける? 誰もお前を信じたことはない。苦しい時、手を差し伸べた者はいない。お前自身ももはや他人に助けを求めようとは思わず、何事も自分で切り開くことが最も確かな道だと思っていた…。それなのに、なぜ、知りもせぬ一人の娘のために、命をかけてまで飛び込もうとする?)」
その疑問が、少年の脳裏にこびりついた。まるで体を激しく縛り付けられているかのように、少年の身体に対する意思を奪い去る。助けようと走り出すはずのその足は、壁を背にして固まっていた…。問いかけを発したのは、他の誰でもない――少年の潜在意識、彼自身だった…。
「(ちっ…ふざけるな、こんな時に限って…!)」