第2章 12 : 存在しないケーキ
「では、次は大ニュースだ!」
張りつめていた空気が少しずつ薄れ、アドライトが再び杯を掲げた。
「二人の客人――花生とフレディヴィアを歓迎しよう! 今日からしばらくの間、彼らは我がメドセン家に滞在することになる。皆、二人のことをよろしく頼むぞ!」
「よろしくお願いします!――」
花生とフレディヴィアは同時に立ち上がる。
「歓迎するよ! まあ、もう少し前から顔は合わせてたけどね」
「そうそう、でもこういうのは『儀式』が大事だからな、ははは」
ルシアとメロン叔父が、順に熱く声をかける。
「さあ、皆で乾杯だ!」
「乾杯!――」
アドライトが杯を掲げて先導し、皆が中身を一気に飲み干す……ただ一人、花生だけが手の中の紫黒色の液体を見つめ、なかなか口をつけられずにいた。
「(これ……お酒か?)」
花生はもう16歳になっていたが、一滴も酒を飲んだことがなかった。彼の中で酒は恐ろしく、苦くて熱い飲み物というイメージしかない。だからこそ躊躇していたが――隣でリテルがその大きな杯を一気に飲み干すのを見て、少し不安が和らぎ、目を閉じて杯を口に運んだ。
「(……ん? これは……)」
一口含むと、葡萄の甘みが口いっぱいに広がり、酒特有の辛さや苦味はまるでない。それは花生を驚かせた。
「(ジュース……いや、それ以上に美味しい!)」
花生はそのまま飲み干し、椅子から勢いよく立ち上がって杯を掲げた。
「美味い! まだあるか?」
ルシアは驚いた後、くすくすと笑った。
「もちろんあるわ、待っててね。取ってくるから!」
「ありがとう!」
「じゃあ、俺ももう一杯!」
「私も!」
「私も、まだ欲しい!」
……その日、花生のせいか、皆が改めてこの葡萄ジュースの美味しさを再発見し、たくさん飲んだ。二人ずつ杯を交わし、それぞれに相手がいた――アドライトとルシア、メロン叔父とデボ、リテルとフルーシ、そして……
「(俺とフレディヴィアだ!)」
「(なんて温かくて幸せな光景なんだ……)」
フレディヴィアと杯を合わせようとした、その時――
「(パパ!――ママ!――どこ……どこにいるの……?)」
再び頭痛が走り、見知らぬ記憶が花生の脳内に押し寄せてくる。
「大丈夫? 花生、花生!」
「飲みすぎたんじゃない?」
「やめてよ、お兄ちゃん! 私、ワインと間違えるはずないでしょ!」
「(……この光景……どこか足りない……)」
「デボ……アドライト……君たちの……ママは?」
我に返った瞬間、花生は思わず口にしていた。誰かの古傷を抉るかもしれないと分かっていながら……なぜ言ってしまったのか、自分でも分からない。
「ご……ごめん……」
小さく謝り、叱責を待つ。
「ああ、母さんのことか! デボと俺の母さんは同じくイースト冒険者ギルドの冒険者なんだ!」
アドライトが嬉しそうに語り出す。
「そうだ、それに同じパーティーなんだぜ!」
デボも補足する。
「まったく、あの二人、めったに帰ってこないんだから……子供たちはきっと寂しがってるだろうに」
「もしかしたら、将来の旅の途中で会えるかもしれませんよ」
フレディヴィアが微笑みながら言い、花生に冒険者としての自分を思い出させる。
「そうだ、冒険!」
誰も傷つけなかったことに安堵しつつも、なぜ自分があれほど恐れていたのか、花生には分からなかった。
「(考えるな、考えるな……そうだ、あれだ……)」
彼はふと何かを思い出し、太腿を叩いてルシアに向き直った。
「ルシア! 危うく忘れるところだった……君の言ってたナイトベリーケーキ、どこにある? もらってもいいか?」
さっきまで気になっていたケーキを、今すぐにでも食べたい衝動が抑えられない。今日食べられなければ、心残りになると感じていた。
「……ナイトベリーケーキ? ごめんなさい、うちには今はないわ」
ルシアの言葉に、周囲も一様に不思議そうな顔を向ける。
「そんなはずない! さっき君が言ったじゃないか、ここにあるって!」
花生は先ほど会話した場所を指さし、焦りを見せる。
「えっと……花生、それはきっとあなたの勘違いじゃ……」
「本当なんだ! 信じてくれ……頼む……」
感情が高ぶり、涙までこぼす花生。なぜこうなるのか、自分でも分からない……まるで、昔から誰にも信じてもらえなかった時のように。だがすぐに平静を取り戻した。
「(くそっ……俺はいったい……)」
そこへメロン叔父が二人の間に入り、説明を始める。
「落ち着け、花生……実はうちは誰もそのナイトベリーケーキが好きじゃないんだ。メドセン様が一度買ってきたが、誰も食べず、全部駄目にしてしまった。それ以来、無駄を出さないために買わなくなったんだ」
「そうそう! あれってブルーベリージャムに唐辛子を振りかけてあるんだよ! 名前の通り――暗夜(暗黒)で、もう二度と見たくないね……」
リテルが補足し、その時の味を思い出したのか顔色が悪くなる。
「(なんだそのケーキ……ルシアがあんなに嬉しそうにしてたのは、これのせいか……)」
花生は心の中で毒づく。人間離れした味のケーキなど見たこともない……しかしそれ以上に――
「(なぜだ……確かにルシアはそう言ったはずなのに……)」
「もしかして、疲れてるんじゃない? さっきから様子がおかしかったし……」
フレディヴィアが心配そうに見つめる。
「そうだな、今日は色々あった……もう休んだ方がいい。ロム叔父さん、部屋まで案内してやってくれ」
「……わかった、ありがとう……」
「(……やっぱり疲れのせい……なのか? ……いや、違うはず……)」




