第2章 11 : 幽霊恐怖症の騎士
「これで全員そろったな……それにしても、今日は本当に賑やかだな!」
メドセン家の当主は王都で用事があるため、この日の晩餐には姿を見せなかった。
そのため、アドライトが仮の主人役として、全員が席に着いた後にそう口を開いた。
彼の言うとおり、今日は実際に4人も客が増えていたのだ。
「実はだな、みんなも知っている通り、今日はデボが初級魔導学院を卒業した日だ。まずは……みんなでデボを祝おうじゃないか!」
アドライトは先頭を切って、手にした杯を掲げた。酒かジュースかは分からないが……花生の印象では、この西欧風の貴族はたいていワインを嗜むはずだ。
「デボ(お兄ちゃん)、卒業おめでとう!」
声々の中で、ひときわ幼い少女の声が響く。間違いなくリテルだ。
ここでデボを「お兄ちゃん」と呼ぶのは彼女だけ――三年分の思いが込められた、心からの祝福だった。
「(……いや! もう一人いた!)」
一斉に視線が、デボのもう一方の隣に座る少女へ向けられる。
「な、なによ? なんでみんな私を見るの?」
年齢的には一番幼く、まだ十歳にも満たないように見えるが、口ぶりはまるで高飛車なお嬢様のようだ。
「そういえば……フルーシ……なんでデボをお兄ちゃんって呼ぶんだ?」
「そうそう! 私のお兄ちゃんはリテルだけのものよ!」
杯を置いたアドライトが疑問を投げかけ、リテルも不満をあらわにしてデボに抱きつき、独占を宣言する。
「ふん! そんなの関係ないわ! 私はお兄ちゃんに生み出されたの! だからお兄ちゃんって呼んで何が悪いの?」
フルーシは堂々と――というより、甘えるような口調で言い放った。
「えっと……失礼だけど、それならデボのことは『お父さん』って呼ぶべきじゃない……かしら?」
ルシアも交渉に加わり、疑問を口にする。
「そうよ!」
全員が賛同の声をあげる……フルーシと、顔を真っ赤にしたデボを除いて。
「ち、違っ……お父さんなんて……やめてくれよ!」
「ふん! 私は嫌よ! 『お父さん』なんて呼んだら……地位が低すぎるじゃない!」
フルーシはきっぱりと言い切る。
「へぇ、年のわりに随分と偉そうじゃないか!」
花生も会話に加わり感想を述べる――が、その直後、フルーシの一言が全員を仰天させた。
「ねぇねぇ! 黒瞳の悪いお兄ちゃん、私を甘く見ないでよ! 見た目はこうでも、私、もう600歳を超えてるんだから!」
「はぁ???」
全員が驚きの声を上げ、目を見開いて少女を見つめた。
「6……600歳? な、なんで?」
完全に虚を突かれた花生は興味津々で尋ねる。今日一日だけでも奇妙な出来事は多かったが、異世界小説で見た長寿種は珍しくない。だからこそ、理由が気になるのだ。
「私はスイカの精霊なの……」
「精霊……?」
全員が興味をそそられ、フルーシの話に耳を傾ける。
食欲だけは隠せず、時折料理に目をやって唇を舐めるフレディヴィアを除いては……
「(……やっぱり彼女、お腹が空いてるんだな。記憶喪失の後はずっと放浪してたって聞いたし……相当つらい思いもしたんだろう)」
「精霊って言ってもね……ずっと実体がなかったの。ただのお化けみたいな存在だったのよ……」
フルーシは話を続ける。
「そうやってずっとエネルギーをためて……そしてお兄ちゃんに出会ったの!」
彼女は急に声を張り上げ、その重要さを強調するように皆の注目を引きつけた。
「お兄ちゃんが魔法を放ったとき、私のところに力が集まってきたの……そのとき私はスイカの中にいて、この黒瞳の悪いお兄ちゃんが私の頭をガンガン叩いたのよ……許せない!」
フルーシは花生に向かって舌を出す。
だがその仕草に笑いは起きず、代わりにアドライト、ルシア、そしてメロン叔父叔父が冷や汗を流しながらフルーシを見つめる。空気が一気に張り詰め、残りの者は困惑するばかりだった。
「な……なによ? ……なんでそんなに私を見るのよ……」
「デボ……一つ聞く。よく思い出せ……」
沈黙を破ったのはメロン叔父だった。表情は真剣そのものだ。
「は、はい! 父さん」
「さっきフルーシが現れたとき、元のスイカは消えていたか?」
「えっと……すみません……父さん。俺が合流する前に、フルーシはもう出てました……」
「その……失礼します……」
それまで状況が飲み込めなかったフレディヴィアが、控えめに口を開く。
「私、はっきり見ました……あの煙が晴れた後、元のスイカは地面に残っていました。ただ、真っ二つに割れていました。これは……」
彼女は慎重に質問を投げかけるが、その言葉はアドライトの叫びにかき消された。
「うおおおあああっ! ……じょ、じゃあ……フルーシは……」
アドライトは震え上がり、言葉も途切れがちになる。
隣のルシアが背中を軽く叩き、そっと耳元で囁いた。
「落ち着きなさい……デボに気づかれたらどうするの? バレちゃうわよ!」
それを聞いて、アドライトは必死に感情を抑え、平静を装った。
「(……彼らは何を話してる?)」
「あ、あはは……何でもないわ。ただ、私たちは幽霊とかそういうのが苦手でね。ほら、お兄ちゃんなんか大人なのに子供みたいでしょ、デボ?」
ルシアは苦笑しながら取り繕う。
「そうだ! 思い出した! あのときアドライトとルシア、本当に幽霊を怖がってたな! でも大丈夫、フルーシは幽霊なんかじゃない……見えるし、触れるし!」
デボはフルーシの頬を軽く突き、彼女はうっとりと目を細めた。
「ふぅ……そうか、それなら安心だ……」
「(……いや……)」
アドライト、ルシア、メロン叔父は自分たちが完璧に演じ切ったと思っている。
だが、花生にとってはどこか引っかかるやり取りだった。特に、あの「スイカが残っていたかどうか」の質問が……
「(おかしい……絶対に何かある……)」
うつむくフレディヴィアの姿が目に入る。
「(フレディヴィア……君もそう思ってるんだな?)」




