機械の身体は赤い空で自由になる
この作品は戦場オムニバス「赤い空」シリーズとして同一の世界観の物語として書いていますが、どの作品からでも物語が楽しめるように出来ています。
力が、欲しかった。
昔、散々脚が遅いと言われた。だから何度も努力して、走る練習をして、最終的に自分に勝てる奴は周囲に誰もいなくなった。
だから世界に飛んだ。
何せ自分は最強なのだという自負があった。
だが、世界の壁に当たった。世界は、もっと早い奴で溢れていた。
井の中の蛙、まさしく自分はそれだったのだと思い知った。
だからもっと力が欲しくなった。
自分のもとに差出人不明のダイレクトメッセージが届いたのは、そんな時だった。
ワイズという物質を身体に打てば、今の人間を超えられる。
人間を超える。ひどく、魅力に感じられる言葉だった。
世界最強。それになるために、自分は構わず、その相手から無針注射器に入ったまま送られてきたワイズを打ち込んだ。
心臓が、一気に跳ね上がった。脈が三〇〇を超えたことを、スマートウォッチがあの時知らせて、エラー音が鳴りっぱなしだったのは覚えている。
その後、脈は落ち着いて、何食わぬ顔で大会に出た。
世界であれだけ早かった連中が、みんな雑魚になった。
世界記録の半分の時間で、自分はトラックを駆け抜けた。
その時の空は、血のような赤色の空だった。
「見たか、監督! これが俺だ! 俺が世界最強だ!」
そう叫んだが、周囲から向けられたのは白い眼と会場中に響き渡るブーイングの嵐だった。
挙句監督には問答無用で殴られた。
ドーピング。それが真っ先に疑われ、そのまま禁止薬物の取引と接種違反で逮捕され、そして本名を軍に奪われ、今はマイル13の名前で、囚人兵として戦っている。
ワイズを奪い合う、ギャンブル感覚の戦争。いつ始まったのかもわからず、いつ終わるのかも見いだせない戦争。
そこに参加した当初は、脚の速さを買われて伝令として使われていた。
だが、ドジを踏んだ。
地雷を踏んで、脚が消えた。それで走れなくなった。
しかし、自分に課されている懲役は二〇〇〇年。その懲役を帳消しにするために戦っているのだから、このまま兵士を引退すれば監獄送りになり、永遠にシャバに出られなくなる。
それは嫌だと思った。
軍の研究者が自分の病室にやってきたのは、その思いを抱えたまま無為な日々を過ごしているときだった。
新型の義足のテスト、それを行った後、一八m級の人型兵器『マルス・アーマー(MA)』の新型機を駆るために転属。それが命令だった。
そしてマイル13は、今日も出撃する。
脳波コントロールと特殊な義肢によってのみ操縦が可能な最新鋭機『メガデス』。それの専属パイロットになって半年になる。
ワイズの注入ユニットが首と義足に打ち込まれた。
心拍数上昇。今度は、五〇〇。
それに耐えきれる奴はほとんどいないという。
それでも耐えられる自分は世界最強なのだと自覚できる。
そうだ、最強は俺なのだ。
俺だけが最強でいい。
『マイル13、今日の指示は簡単だ。マップランド589に集結中の敵部隊を襲撃しろ。貴様とメガデスなら簡単な任務だ』
オペレーターからの声がする。
「最強がいたら、潰していいのか?」
『ああ、最強がいたら構わず殺せ。刑期の大幅な減免もできるぞ』
甘美な声だ。そう思えた。
刑期の減免という言葉にではない。
最強は潰せという言葉が快楽を満たすのだ。
メガデスに、武装が取り付けられる。
武装はブレード。ただし、取り付けられるのは脚部ユニットに対してだ。
カタパルトにメガデスを乗せると、シグナルが変わった。
射出と同時に襲い掛かるG。それに耐えて、目的の場所へ飛ぶ。
見える空の色は、あの大会のときから変わらない血のような色だ。
だが、なんだかその色すらも、最近マイル13には自分を祝福してくれるような、そんな雰囲気にさせてくれるのだ。
目標が見えたのは、ブースターを噴かし続けて五分ほど経った時だった。
指揮官機と思しき機体が、丁寧に指揮をしながら陣地を作っていた。
あれが最強かもしれない。
だが、その前に雑魚を片付けよう。
そう思った瞬間、義足に力を入れた。
同時に、メガデスの脚部の出力が上がる。
ワイズが、義足を通して注入される。
心拍数が三〇〇を超えたことを知らせてきたが、知ったことではない。
心臓の痛みが、最強へといざなってくれると信じているからだ。
大地を蹴るイメージをした瞬間、メガデスの脚部に取り付けられたブレードにレーザー光が収束する。
そして、脚をメガデスが上に上げた瞬間、一気にそのレーザーは三日月の弧を描きながら光波を放った。
空中から放たれたその光波は、敵のMAを左右に真っ二つにする。
その後、マイル13の義足から、更に大量のワイズが注入される。
現在心拍数三五〇。
だが、まだ行けると感じる。
次は左右に蹴りを入れて横向きの光波を放つ。
左右に分かたれた敵機を見て、ようやく相手が反応した。
こちらに銃弾が飛んでくる。
だが、メガデスにはもう一つの力がある。
今度は首筋からワイズが流れ込んだのを感じた。
心拍数四〇〇。
心臓が強烈な脈を打ち始めたが、この程度に耐えられなくて何が世界最強なのかと、マイル13は自分に言い聞かせる。
瞬間、メガデスの腕に装着されたブースターの出力が、尋常ではないレベルで上がった。
メガデスを初めて見たとき、風変わりな機体だなと感じた。
一般的な機体とは異なり、攻撃用のユニットが付くのは脚だけだ。
腕は通常の腕と違って大推力を生み出すフレキシブルブースターになっている。
それで一気に機体を敵に向けて加速させた。
銃撃が飛んできたが、それもフレキシブルブースターとなっている腕が様々な方向に曲がり続けて、上下左右に避け続ける。
そのまま急降下して地面を這うようにブースターを加速。
敵がいる。
残数三。まだあの指揮官機は健在だ。
「そうじゃなきゃ面白くねぇ」
そう言ってから、更に加速。
心拍数四五〇。
まだだ、まだ。
そう呟いたのか思ったのかも、分からなくなってきている。
ただ一つだけの衝動が、今のマイル13を支えている。
最強は、俺だけだ。
指揮官機の周囲に展開している雑魚にターゲットを合わせて、光波。
すぐさま真っ二つになると同時に、指揮官機がこちらに向かって加速してきた。
マシンガンを放ちながら、緑のMAが突っ込んでくる。
狙いは、結構的確だった。フレキシブルブースターがなければ、間違いなく当たっている。
なるほど、手練れだ。
「お前が、今回の最強か!」
甲高く自分が笑っているのを感じると同時に、より強く義足に力を入れた。
脈、五〇〇に到達。
大地を蹴って、光波を打つ。
すると相手は光波を左右にホバーで動きながら避けた。
面白い。
そう思った時、機体を更に加速させた。
脈五五〇。
相手のMAが、腰にさしていた大型のナイフを抜いた。
ナイフの先端が赤熱化する。
切り結ぼうというらしい。
すぐさま、横にメガデスの脚を蹴り上げて光波を打つ。
案の定、左に避けた。
フレキシブルブースター、全開。
脈、六〇〇。
相手がナイフを突き出してくる。
でもあの敵機、『赤かったっけ』。
そんな些末なことを思ったと同時に、相手が突き出してきたナイフを横にかわした。
脚部のブレードを展開させる。
脚には、サブアームが付いているのだ。
そのまま、敵のコクピットを突き刺した。
『赤い』指揮官機が、全く動かなくなった。
何か変だと、マイル13は感じた。
敵機だけじゃない。コンソール、コクピットフレーム、大地。
全部が、血の色。
ああ、そうか。俺が最強だから祝福してくれるのか。
そう感じた直後、心音が、一回だけとてつもない大きな音をした。
何か、コクピットに赤い花が咲いた。
あ、この花は自分の血か。
そのまま、意識が途切れた。
*
気の抜けたファンファーレ。それが未だになり続けている。
『マイル13、今回の撃破おめでとうございます。これで我が軍は敵の集結ポイントを抑えることが出来ました。『実験体』としての任務お疲れさまでした。これで刑期も減免されるでしょう。永遠に、ですけどね』
皮肉もしっかり言える、よく出来たAIだと、マイル13の義肢開発者でありメガデス開発者であるライルは感じた。
敵の集結ポイントの襲撃。それは上手い具合にマイル13は襲撃して敵を全滅させた。
これで暫くの間この地域に敵が集結することもないだろう。
その点は褒めてもいい。
だが、『たかが』脈が六〇〇を超えた程度で人体が破裂するようでは、最強には程遠いと、ライルは呆れた。
コクピットからは、既に上半身が完全に消し飛んだマイル13『だった』ものが回収されている。
ライルの興味は、今はメガデスのデータの分析の方に移っていた。
もっとも、マイル13に対しては最初からあまり興味もなかったのだが。
「どうだ、そっちの様子は?」
ライルが、部下に声をかけた。
「メガデスそのものはまだ使えますね。マイル13は思ったよりよくやりましたよ。実験体にしては悪くないんじゃないんですか」
「コクピットユニットの交換だけでまだいけそうか」
「フレキシブルブースターの使い所次第って感じですかね。こいつの強化自体はちょっとやった方がいいかもしれません。次の実験体は出来れば腕も吹っ飛ばして義肢化したほうがいいかもしれないですね。そうすればフレキシブルブースターをより加速化させることも出来るかと」
「悪くないアイデアだな。よし、その案は採用しよう」
マイル13はある意味幸運だったかもしれない。
最初にワイズを送ったのも、地雷で脚を消し飛ばすようにしたのも、全部自分達が仕込んだことだ。
それを知らずに刑期抹消となった。
もっとも、弁護する機会も社会復帰も永久に失われたわけだが。
「腕も吹っ飛ばすとなると、もっと大掛かりな方がいいな。もう少し手段を考えるか」
「どちらにせよメガデスは健在です。まだこいつには改良のしがいがありそうですよ、ライル主任」
そう、メガデスは健在だ。傷一つ付いていない。
なかなかいい機体を作ったと、ライルは自分で自分を褒めたくなった。
血だらけのコクピットを見て、ライルは笑った。
「メガデス、次の生贄はどういう奴がいい?」
(了)
赤い空シリーズを長編としてまとめました。
長編版にはプロローグも追記しましたので、そちらも合わせてごらんください。
https://ncode.syosetu.com/n8438kw/