31-1 暗黒空間
俺と莉緒は聞くに堪えないような不毛な議論を交わしていたところ、しびれを切らした少女に連行されるかたちでダンジョンへと案内された。たったの数秒掴まれていただけなのに、俺は右手首、莉緒は左手首とそれぞれ例の痣が出来上がっていた。
またその際、少女は悪態をつきつつも俺達の心配事を抹消するべく行動してくれていた。
ボソボソと何か小言でも言ってるのかなと思っていたら、次の瞬間テント全体を覆う結界が張られた。
初めて見る呪文だった。テントを中心として四方に印を刻み囲うことで、その空間まるごと世界から隔離する。内部からも外部からも干渉できなくさせる呪文。
そう説明を受けたが、俺の頭ではいまいち理解できなかった。
ただそれでも蜃気楼のような湾曲呪文とは、似て非なるものだということだけは理解できた。
サンドボックスゲームみたいにぽっかりと正方形の穴が空き、そこには何も無い暗闇が広がっている。暗闇に触ってみると磨かれたガラスのようにツルツルしていて触り心地は悪くなかった。それに暗闇を触れてみて分かったことがある。この暗闇は膨大な質量をもっている。生半可な攻撃じゃもろともしない圧倒的な強度。
ただそれだけなら、まだやり様はあるのかもしれない。が、これはあくまで希望的観測であり、この呪文の神髄を知った今なら、それすらも困難だと断言できる。
この呪文の最も恐ろしいところは、その驚異的な防御力ではない。物理無効とか属性無効とか特殊効果が付与されているわけでもない。
世界から隔離する――。
説明を短くしようと思えば、たったの8文字で完結する。
頑張れば6文字でも他者に伝わるかもしれない、この言葉が意味するものがその答えだ。
正直ところこれを呪文と呼んでいいのかすら分からない。呪文の概念自体を揺るがしかねない、呪文ならざる呪文。
この呪文を相殺無効できる人間は、この世に存在しないだろう。だけど、暗黒空間を破壊したり無効化する方法が無いことも無い。が、実際に行うことは理論上不可能だといえる。
その方法とは、この世界以外からこの暗黒空間めがけて同等以上の火力をぶつけることだ。その際の攻撃手段は問わず、物理・属性・呪文どれであってもいい、ただ威力さえあればそれでいい。
それだけ聞くと簡単そうに思えるが、そんなこと実際にできるわけがない。もし、それが可能な人間がいたとするならば、そのヒトは人間を辞めている。別次元に居ながら干渉できるほどの力を有しているのだから。
異世界転移を開発し実現させた天才魔術師が凡庸な人材、彼女が霞んで見えるぐらい突出した才能の持ち主。駄女神の地位を脅かすどころか蹴落とすような人外じゃないと無理。
つまるところ、いまここで暗黒空間に触り見ている時点で、どうあがいたところで俺には何もできないということだ。
創世武具を使えばあるいは……ただその場合は、この世界も終焉を迎える可能性が非常に高いので、現状でこの呪文を突破するのは難しそうだ。
だが、それよりも俺が脅威だと感じたのは、そんな神の領域を超える呪文を悠然と慣れた様子で発動させていた、この正体不明の女子中学生だ。
謎が謎を呼ぶ少女の皮を被った傑物。
それら諸々の謎も含めて、彼女に同行しダンジョンを突き進んで行けば、今回の異常事態も案外すんなりと解決するはずだと、勝手に思い込んでいた。だが、現実はそう甘くはないらしい。
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