30-5 春情胸中
倉原先生の治療を終えると同時に、少女は欠伸をし気だるそうに立ち上がる。
『やっと終わったのかと、あまりにも遅すぎて眠るところだった』
少女の仕草や表情がそう語っているように見えるが、口に出していない以上突っかかるのは違う。いうても俺達のほうが年上、先輩なのだからここは大人の対応を見せるべきだ。
(なあそう思うだろう……莉緒さんよ)
血管が浮き出るほど強く拳を握り締めているお隣さんに、目配せして耐えるように指示をする。
ギギギと歯軋りを鳴らし莉緒はゆっくりと拳を解いていく、それを見届けたところで俺は、笑いを浮かべ少女に声をかける。
「……待たせたな。で、このあとのご予定は?」
「今から、お主達が破壊損ねたダンジョンコアを破壊しに行く……です」
「ダンジョンコアって、なんだ? それに破壊損ねたって、なんのことを言っている?」
「はあぁぁぁああ…………勇者ともあろう者が、そんなことも知らぬとは本当に困ったやつだ。まあ良い、詳しくは散歩ながら説明するとしよう、丁度連れも来たことだしな……です」
肺活量でも測定してんのかというぐらいにクソ長いため息を吐き、一瞬俺の後ろに視線を移すとすぐさま反転しゲートを通過した。
やはり俺の推測は間違っていなかったらしい。
振り返るとそこには生徒会長の姿があった。
「やっぱお前も一枚嚙んでいたんだな……ミーナ」
「申し訳ございません、兄さん。本来なら兄さんにもお伝えするべき事案だったのですが、彼女から話すなと口止めされておりまして、わたくしとしても本当に心が痛んだのです……」
「いや、そのことで責めているわけじゃないんだ。というか、あいつ俺のことを勇者と呼んでいたぞ。ミーナ、あの中学生は一体何者なんだ?」
「詳しいことは彼女の口から直接訊くのがよろしいかと……では、先に行っておりますね」
ミーナはそう言い残すと、少女を追いかけるようにゲートに向かった。
何が何だか理解が追いつかない俺と莉緒は、その場で佇み顔を見合わせる。
「……ねえ凪。よくわかんないけど、このままついて行くしかなさそうね」
「だな、あの感じだとミーナは絶対言わないだろうしな。さて、行くとするか……」
「その前に倉原先生は、あのままで大丈夫かな? なんというかちょっとエッチじゃない?」
スゥスゥと寝息を立てて眠る倉原先生を、足先から頭へと舐めまわすように見ながら莉緒は訊ねてきた。眉をひそめて顎に手を当て独り言を言っている。その様は、夜のお仕事用のメイドを品定めをする貴族を彷彿とさせる。
先生を見ているとは思えない、なんとも下賤な眼差し――。
この女性は今継先生の同期。妊婦にもかかわらず、軽い運動は必要だといって愛槍を振るい魔物を屠る戦狂いが好敵手と認めた数少ない実力者。
今継先生は防御よりも攻撃に重きを置いているのに対して、倉原先生はその逆で防御に重きを置いている。性格もまた正反対で、今継先生がせっかちなのに対して、倉原先生はおっとり。
まさに矛と盾のような関係性の二人。
防衛戦に特化した先生が殿を務めてくれたからこそ、被害はあの程度で済んだともいえる。
そんな生命をかけて生徒を守った尊敬すべし女性に向かって、こいつはなんて不敬な感情を抱いてるんだ。
「お前は何を言っている……」
「なんというか艶めかしいといいますか、欲望のままに寝込みを襲う輩が居そうな気がして!」
「はあぁぁぁああ…………さっきまでの緊張感が台無しだよ」
俺もまた少女同様にクソ長ため息をつき、莉緒の場違いな言葉にぐったりと項垂れる。
「いや、だって凪見てみ? 呼吸するたびに揺れ動いてるし、あどけない顔して実はあんな凶器を隠してましたって……男のロマンじゃないの?」
「お前は女だろうがよぉ――!」
「女でもエロいものはエロいんだから、しゃーなくない? てか、どうなのよ? 凪はあれを見てなんも思わないの?」
霊峰を指さして目を輝かせながら莉緒は、非常に答えにくい質問を繰り出してきた。
莉緒の気持ちも分からんでもない。つうか『わかりみ』すぎて、今すぐにでも莉緒の手を掴み固い握手を交わしたいところだが、ここで賛同するのもなんか違う気がする。
どう回答するのが正しいのか脳をフル回転させた結果ショートし、胸の内に留めていたポロっと打ち明けてしまった。
「ああ確かに倉原先生はエロいよ! エロすぎる! このシチュエーションもヤバそうだなとか思ったさ。そう思わないように、顔に出さないように、心の奥底に埋めてたってのに、俺のパンドラを掘り起こしてんじゃねぇよ!」
「パンドラとかはよくわかんないけど……うん、ちょっと待って……やっぱ凪もエロいって思ってたの? 倉原先生の身体を見て性的興奮を覚えていたの? あたしの身体を見ても、なんの反応も示さないというのに……? あたしって、そんなに魅力的じゃない身体をしているってことぉ~?」
「いや……そんなことはないぞ。ただどうしても家族としてみてしまうといいますか……?」
莉緒は俺の目線を指先でなぞりながらポツリと呟く。
「……なるほど、やっぱあたしにはあれが足りていないのか。だがまだ、希望は残されているはず、今後の彼我結莉緒の成長にご期待ください」
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