30-3 倉原先生
手をつながれている……手首を掴まれている状態での歩行はなかなかしんどい。というのも、少女の身長に合わせて身体を屈めなければならないからだ。教室を抜け出した辺りで、すぐに解放されるものだと思っていたが、まさか中腰を維持したまま説明もなく、5分近く歩き続けることになるとは……。
その道中で幾度となく傷ついた生徒とすれ違った。それらの生徒全員が、見てはいけないもの見てしまった、知ってはいけないもの知ってしまった。そんな絶望に満ちた顔をしていた。
それが戦闘経験の浅い一年生とかならまだしも、その表情を浮かべていた彼らの中には、上級生はたまた最上級生まで含まれていた。
何かヤバいことが起こっているということだけは理解できる。俺の後ろを歩く莉緒もその気配を感じ取っているようだ。顔が強張り微笑む向日葵の二つ名が影を落としている。
そうこうしていると目的地に到着したのか、少女は手首の拘束を解いた。
その手首には、少女が握り締めていたという確固たる証拠、小さな手の跡がクッキリと残されていた。
他人様の手首に痣をつくっておいて、謝罪の言葉ひとつも言わないどころか、その当事者は俺の顔を見るや否や嘆息をついている。
「なんか言いたいことがあるならどうぞ……?」
「はぁ……なんでもないです」
不満げにそう呟くと、許可証をスキャナーにかざして扉を開けて中に入っていった。
そのままゲートも通り抜けるのかと思いきや、なぜかゲート前で座り込み休憩し始めた。
「何だってんだよ、あいつは……」
「なんか変わった子ね、それよりも凪!」
「ああそうだな……あいつは後回しだ」
鉄格子で四方を囲まれ重厚な扉で厳重に封じられている。
少女が俺達を案内した場所こそが、昨日肩を落として帰宅したダンジョンだった。
その唯一の出入口である扉前に全身血だらけで肩で息をする女性の姿があった。身体はボロボロだが、意識はハッキリとしており戦意も喪失していない。その眼には未だにギラついた炎が猛々しく燃え盛っている。だが、それでも身体は正直なようで殿として酷使し続けたその身体は、鉄格子に背を預けて立つのがやっと、少しでも重心がズレたらそのまま地に伏せてしまうだろう。
その状態で彼女は、引率教員として凛々しく勇ましく俺達が来るのを待っていた。
少女にも見えていたはずなのに、彼女は一礼をするどころか声もかけずに通り過ぎていった。
そのことに少しばかり憤りを覚えたが、いまは彼女を治療することが先決だ。
「大丈夫ですか、倉原先生! いま傷を治します……あの手を触ってもいいですか?」
「……はあ? あんたこんな状況で、なに言ってんの?」
「このコンプラの時代に何があるか分かんねぇだろ? 特に倉原先生にはファンも多いしさ!」
「今それ必要!? てか、あたし……それ一度も言われたことないんだけど?」
「えっ、そりゃそうだろ……」
「そりゃそうだろって、なに? そのあとにどんな言葉続くのか、あたし気になるんだけど?」
「はあ……マジだる……」
「マジだるって言った? 凪あんた、あたしに向かって、そう言ったの?」
スーツ全体が血に染まり、呼吸も荒く肩で息をしている。一刻も早く犠牲による癒しを 倉原先生にかけてあげたいのは山々なのだが、男性ならともかく女性となると少々ややこしい問題が発生する。
この技能は対象者の身体に触れないと発動しても効果がなく、ただ一方的にこっちの生命力だけを消費する。しかも、治癒速度を向上させるには患部に直接触れなければならない。
莉緒やミーナならまだしも、治療のためとはいえ女性の身体を無断で触れるわけにはいかない。
それにあとで許可も得ずに治療を行ったことがミーナに知られでもしたら、なんか色々と邪推されそうで怖い。
「あの……とりあえず喧嘩は、やめましょう、ね? 何かあったら私が……許可したって言うの……で、ごふ……ぜはぜは……ごぼっ……」
口喧嘩の仲裁に入ってくれた倉原先生は話の途中で吐血し、ズルズルと滑り落ちてその場でへたり込む。そのまま糸の切れた操り人形のようにピクリとも動かなくなった。
鉄格子にはびっしりと彼女の血がこびりついている。彼女がその場にいなければ、真っ赤な絵の具で瀑布でも描こうとしていたんだなと思わせるほどに。
このままだとマジでヤバい棺桶に片足を突っ込んでいるレベルじゃない。確実に死神が先生の首元に鎌を当てている。しかも、秒単位で近づいていっている。
「ほらあんたがウダウダ言っているから、先生のケガが悪化したじゃないの!」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇよ、マァジでヤベェ。莉緒お前は血を吐き出させろ、それが終わったら次は気道確保だ。俺は回復に専念する! 犠牲による癒し!!」
「わわわわ、分かったわ! あたたたた、あたしに任せておきなしゃい!!!」
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