30-1 緊急事態
最終ボスとの血湧き肉躍る白熱した戦いも、一つ間違えたら即死するような罠が張り巡らされているともない。何の面白味も無いただ胸像を破壊するだけの簡単なお仕事。
前代未踏の100階層ダンジョンは、こうして俺達三人の手により完全制覇された。
その日の夜は、ダンジョンクリアを記念して男爵屋敷でお祝い会を行った。
夕食作りに俺も参加し、兄妹揃ってやり場のない感情を料理にぶつけた。その結果、一週間分は余裕で賄えそうな量を作っていた。
あの長テーブルに占領するほどの料理数を見て、さすがに作りすぎたかと思い悩んだが『食べきれなかったら弁当のおかずにすればいいじゃん』という莉緒の言葉を聞いて、妙に納得したのを覚えている。
まあ結局それらの料理が弁当箱を埋めることはなかった。なぜなら、その大半が莉緒とミーナの気を晴らす糧として彼女達の胃に収まったからだ。
席を立ち拍手喝采とスタンディングオベーションをしたいと思わせるほど、見事な食いっぷりだった。
暴飲暴食を行った翌日――。
いつものように登校し、いつものように今生の別れと言わんばかりに、嘆き悲しむ生徒会長に別れを告げて、莉緒とともに1年E組に向かう。
級友らと他愛のない会話をして、担任が教室に来たところで朝礼を行い、またいつもの平日が始まる……はずだった。
始まりは校庭のほうから授業中にもかかわらず、賑やかな声が聞こえたことだ。
体育とかだとしても、窓を貫通してまで聞こえてくるなど通常ではあり得ない。
窓際の席に座っている俺はその声に反応し視線を向ける。
そこには数名の生徒が腕を押さえたり足を引きずりながら校門を通り抜ける姿が見えた。課外授業の帰りかと思ったが、まだ授業が始まって数分しか経過していない。帰還するにしては早すぎる。体調不良が理由で一人二人が戻ってくることはあるが、今回はあまりにも数が多すぎる。
次々と生徒が学園に戻って来ている、しかもその誰もがケガをした状態でだ。その違和感を確実なものにしたのは、とある女子生徒の悲鳴だった。
「奈央ちゃん! 奈央ちゃん!! 起きて、起きてよ! ねぇ奈央ちゃんってば――!!!」
担架に乗せられ運ばれる『奈央ちゃん』と呼ばれた女子生徒は、その声にピクリとも反応せずぐったりとしている。搬送者の顔を見る限り、最悪の事態というわけではなさそうだが、付き添っている彼女は心情を察するに不安で仕方がないのだろう。涙を流し呼吸するのを忘れて声をかけ続けていたことで彼女もまた、その場で倒れ込むと動かなくなった。どうやら酸素不足や心労により限界を迎えて意識を失ったのだろう。級友らしき生徒が心配そうに駆け寄り彼女を抱きかかえると、担架を追って校舎裏に向かっていった。
擦り傷などの軽傷ならば保健室でも治療可能だが、それ以上のケガとなると最寄りの病院に行くことになる。
その最寄りの学園というのが、学園に併設されている国立・星影総合病院だ。校舎裏に建設されているその病院では、ありとあらゆる治療が可能となっている。四肢が千切れようが、身体の一部を失おうが、大体のケガも病気も完治復元できてしまう。
オーパーツすぎる世界最高峰の病院。また学園の生徒は入学時に強制加入させられた保険により、これらの治療を無償で受けられるが、俺は一度も利用したことはない。
というのも、ここに勤める先生達の眼が異世界で、出会った魔術師を思い起こしてしまい足が進まないのだ。呪文の研究に生涯を捧げた魔術師、呪文のためなら倫理などゴミだと吐き捨てる。そんな彼らの手など借りてまで治してほしいと思えないのだ。
(……俺の個人的感想など、今はどうでもいいか。それよりも一体に何が起こっている?)
異様な状況にどよめきが起こる。
担任の授業だというのに、級友らは畏れ多くも私語を始めている。
普段なら音速を超えるチョークが額めがけて飛んでくるところだが、今継先生は傍観するだけで一向に止めようとしない。だからといって、授業を再開するわけでもない。時たま視線を落とし腕時計を見るだけで、それ以上何もしようとしない。
(時間を気にしている? タイミングを見計らっている?)
隣の教室でも同様の現象が発生しているようで、生徒の騒ぐ声が壁を貫通して聞こえてくる。
何か行動を起こすべきなのかもしれないが、いまはまず担任の言葉を待つのが賢明。
そう思った矢先、バーンと勢いよく引き戸が開いた。
予想だにしない出来事に級友らは、ピタリと私語を止め一斉に振り向く。
俺もまた彼らに追従するかのようにそちらに目を向ける。
そこには中等部の制服をまとった少女の姿があった。
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