29-3 胸像粉砕
老若男女問わず一旦話が盛り上がると、なかなか冷めることはないものだ。それが意気投合した同志ならば、なおさらのこと。って、わけで俺ひとりだけで100階層を見て回ることにした。
第一印象どおりこれといって特に気になるものはなかった。
目ぼしいものも見つからず、ふらふらと探索し続けて残すは最奥に鎮座する祭壇のみとなった。
段差をあがり祭壇の後ろに回り込む。壇上には、胸から上をかたどったの 全高30センチ程度の石像が置いてあった。正面と左右を板で囲むことで、この位置からじゃないと見えないよう工夫されていた。そんなことよりも俺が気になったのは、その石像もとい胸像のデザインだった。
(……なんでこんなモノがここに置かれている?)
偶像をつくりそれに向かって祈りを捧げること自体は、まあよくあることだが、女神を信仰しているはずの礼拝堂に場違いな胸像が祭壇に祀られている。この階層が礼拝堂を模して創られているだけで、実際には女神と何ら関係がないのかもしれないが、だとしてもこの胸像を置く意図が不明すぎる。
なぜならその胸像は、俺が命と誇りを賭けて戦った相手の姿を模していたからだ。
威厳のある双角、恐懼する双眸、屈強な胸板――俺が、この俺が見間違うはずのない再戦を唯一望む好敵手。
「どうして魔王の姿をしてんだよ……!?」
ダンジョンの生成は魔王どころか女神でさえ干渉できない、世界の理に準ずるものとなっている。なのに、この階層はそれらの影響を受けている気がしてならない。本来ならあり得ない、起こり得ない仕様。やはりこの世界は、異世界とは仕様が違うということなのか。
「凪あんた、大声で叫んでたけど大丈夫?」
「兄さんどうかしましたか?」
「あっいや、何でもない……」
おかしく楽しく話し込んでいたはずの二人が、いつの間にか祭壇前まで近づいていた。
自分では気づかなかったが、思った以上に声が出ていたようで、二人は心配そうに右と左に祭壇から、それぞれ顔を覗かせている。
思いのほか俺は動揺していたらしい。だが、その揺れ動いた心はまるで双子のような息ピッタリな動きにより静止した。
「やっぱ何でもなくはない。ちょっとこっちに来てくれ」
平常心を取り戻したところで、俺は手招きをして二人をこっちに来るように促す。
頭上に???が浮かんでいるのが目に見えて分かるような反応を示しながら、二人は祭壇を回り込み胸像を見やる。
「……なにこれフィギュア?」
「この角に眼光、魔族をモチーフにしていますね。でも、それだけじゃない。この胸像から感じる禍々しい雰囲気は……まさか」
「魔族って、前に凪が話してくれた……あの魔族?」
莉緒は胸像の角を目を鼻を上から下へと指でツンツンと突いている。
胸像とはいえ、あまり突っつくのは止めて差し上げろ。一応、俺が心から認めた相手なんだから、触るのを止めろとは言わないが、もう少し畏敬の念をもって触れてあげて。
「ああその魔族であっている。しかも、こいつはその親玉の魔王。こんな場所にその魔王を模した石像があったから、驚いてつい声が出たっていうか、まあそんな感じだ」
「確かに不思議ですね。礼拝堂に魔王を模った胸像ですか……それにしても、これが噂の魔王ですか。何といいますか、もっと強面なイメージでしたが……なるほど、兄さんが気に入るのも納得です」
「お前が何を言いたいのかはよく分からんが、魔王ともう一度戦えるのであれば戦いたいという思いはあるけど……じゃなくてだな。他に目ぼしいものが何にもないのだが、ミーナはなにか気づいた点はあるか?」
「そうですね……わたくしも兄さんと同意見です。ここに来るまでに壁や天井、床と色々調べてみましたが、特に仕掛けもありませんでした」
「……て、なるとやっぱこの像が謎を解くカギ。なにか特別な仕掛けが施されているってことだよな?」
「そうなりますね。ですが、困ったことにヒントらしきものもありませんね……定番だと別の場所に置くとか、壊すとかありそうですが、罠の可能性も考慮して迂闊に行うわけにもいきませんし、もう少し周辺を確認してみますか?」
「そのほうがいいかもしれないな、なにか見落としているものがあるかもしれないし……」
胸像を傾けて遊ぶ莉緒を横目に俺とミーナは完全制覇の糸口を探していた時、それは起こった。
莉緒の手からするりと胸像が滑り落ちる。
何かしでかしそうだなという予感があったのにその準備を怠った。
俺はともかくミーナは完全に勘付いていたっぽいが、あえてのスルーを選択。
何が起こっても対処できると踏んでいたのかもしれないが、もしそうなら一言でいいんで言っておいてほしかったかも。
ガッシャ――――ン!!!!
胸像が原形を留めないほど無残にも砕かれ、散らばった欠片が祭壇一帯を汚す。
やらかしたと言わんばかりの顔面蒼白。だが、これが思いもよらない結果をもたらすことになる。
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