29-2 民衆掌返
人類未踏の100階層――そこに広がる光景は不自然極まりないものだった。
他階層のように魔物が蔓延っているわけでもなく、休憩階層のような安息の地でもない。周辺を見回してもその先へと続くゲートが見当たらない。ゲートが無いということは、100階層が最深部であるのは確かだ。だが、どんなダンジョンであれ最深部には必ずボスが存在していたし、こんな不思議な空間など広がっていなかった。
正面奥には祭壇、その道筋には大量のベンチが一定間隔でずらりと並べられている。
天井にはシャンデリアがぶら下がり、内部に配置されたロウソクの灯りが、あたり一帯を暖かな光で照らしている。
魔物が存在しないという点では、休憩階層に近しいかもしれないが、この神々しいというか厳かな雰囲気は祈りの場、教会を思わせる。異様で異質な空間、そこには俺達三人しかいないはずなのに、誰かにジッと見られているような感覚。だけど、俺はこの感覚を知っている。この内装といいこの重々しい空気といい、忘れようとも忘れることのない場所。
「ここが100階層? ボスもいないしウソでしょ。これで終わり!?」
「ねえ兄さん。ここ、あの礼拝堂を模していますね」
「ミーナもやっぱそう思うか。そうだよな勘違いじゃないよな……マジかよ……つうことは……」
「凪どしたの? テンションだだ下がってるけど?」
「ああこの雰囲気つうか場所な、俺が天啓を授かった礼拝堂そっくりなんだよ」
「天啓って……勇者になるお告げ的なやつ?」
莉緒は間近にあるベンチにドンと座って興味津々に訊ねてきた。一人目がベンチに座ったことで二人目三人目とベンチに次々と腰を下ろす。
「そうそれだ。転生時に記憶を失ってさ、そのお告げを聞いたことで記憶を取り戻したわけなんだけど、その時にひと悶着あってな。それで苦手意識が芽生えたといいますか、あんま来たくない場所なんだよ」
「兄さん、あまり女神様のことを悪くいうものでもないですよ。まあわたくしも色々と思うところはありますけど……」
「……なんかよく分かんないけど、あんたらがあんまりよく思っていないことだけは分かったわ」
異世界では、満15歳になると成人を祝うため該当者は礼拝堂に集められる。
そこで成人の義を執り行うことで、晴れて成人として認められる。とはいっても、仰々しいことはせず、ただベンチに座って司祭のありがたいお話を聞くだけで、こっちが何かするということはない。
お偉いさんの話が終わると、最後に成人した証として儀礼剣を授与されて閉幕となる。
荘厳な感じでこのまま終わるはずが俺の番になった刹那、周囲からどよめきが広がった。
この時は、皆がこれほど慌てふためているのか理解できなかった。なぜなら俺の意識はそこにはなく女神と会っていたからだ。
そして別れ際に女神から『なるはやで』と告げられて、次に気づいた時にはもう礼拝堂で祈りを捧げていた。女神と会っていた間、何があったのかと訊いてみると、なにやら俺めがけて光が降り注いでいたらしい。
ミュージカルのように観客の注意を惹くため演者にスポットライトを当てる。
燦々と降り注ぐ神光を浴びながら片膝をつき天啓を授かる。絵画に描かれそうな神秘的な光景。否が応でも光の中心にいる人物に目がいってしまう。
女神は俺が勇者だと周囲に知らしめるため、あえて成人の義で神の御業を行った。
そのおかげで良くも悪くも俺イコール勇者という認識は、瞬く間に全土に広がることとなった。
その日を境に俺を取り巻く環境が一変した。
あれほど、妹の支えが無いと何もできない不出来な次期領主と散々陰口を叩いていたくせに、勇者となった途端にゴマすり這い寄ってくる。領民や親戚一同の手のひらクルクル返しには虫唾が走った。
いつしか男爵屋敷に女神の恩恵を授かりたいと、他貴族までもが群がるようになり、そのせいでミーナは離れに来れなくなってしまった。
当時の妹はその才覚から聖女として祀り上げられていた。勇者と聖女が一緒にいる場面に出くわしたら歯止めが効かなくなると、付き添いの王宮魔術師から指摘されていた。彼女自身もそうなると確信していたからこそ足を運ばなかった。
次に俺がミーナと顔を見て話したのは旅立つ当日だった。
「――こうして俺は勇者としての道を歩むことになったというわけだ」
「な~る。そりゃミーナがあーなるのも頷けるわ。今こうやって聞いているだけでも、あたしも怒りがこみ上げてくるもの……」
「ええ莉緒さんだったら分かって下さると思っておりました」
スポコン漫画かって思わせるほど二人はかたく握手を交わし、決意を新たに女神への報復を互いに誓い合う。その流れで復讐者達は、女神と会った時の作戦会議を行い始めた。傍からみれば和気あいあいと話に花を咲かせる可憐な少女二名なわけだが、その会話の内容はなかなか末恐ろしいものであった。
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