28-3 距離復帰
校長が報告書を理事長行きのトレーに置くまでに二時間を要した。その間ずっと俺は、校長が指摘する箇所の補足説明を行った。
書斎机から30センチ弱離れた位置で直立不動。その状態で質問に答え続ける。言うまでもなく私語厳禁、水を飲むことも姿勢を崩すことも許されず、校長室から解放される頃には、肩や腰はバキバキで喉はカラカラだった。
その日は、もうダンジョンに潜る気力も残されていなかったので、そそくさと男爵屋敷に帰宅した。
玄関ドアを開けると、ミーナが玄関口に立っていた。
「お帰りなさい、兄さん」
「ああただいま」
どうやらを出迎えるために待ってくれていたらしい。
「鞄預かりますので、兄さんは手を洗ってきてください」
「え、あ……はい」
ミーナは奪い取るようにスクールバッグを俺の手から回収すると、洗面所に向かうように目でも促してきた。言われるがまま廊下を歩き洗面所に向かう途中で、妹とは正反対の行動をとる幼馴染の姿が見えた。
莉緒はソファーに寝っ転がりながらテレビを眺めていた。視界に入れているだけで、見ているというよりも聞いているといったほうが正しいのかもしれない。手に持ったスマホを目にも留まらぬ親指捌きで、器用にSNSを巡回している。が、スマホに集中しているというよりも、これもまたテレビ同様ながらで操作している。
そのバケモノじみた行動にも驚いたが、それよりも俺が唖然とし驚嘆したのは、それらとは別その今現在進行中の姿勢にあった。莉緒はクッションを枕にしてこちらに足を向けている。
このソファーは背もたれはあるが、肘置きのないフラットタイプ。いつもの部屋着に着替えてくれていたのなら、気にも留めないのだが、莉緒はまだ着替えておらず制服のままなのだ。
足がこっち側に向いているということは、つまりはそういうこと。せめて両足を閉じておいてくれたら良かったのだが、片足を膝立てているためスカートの奥がバッチリと視認できる。
「おい莉緒。だらけるのはいいけどさ、せめて向きを逆にしろ」
「あーおかえり凪……」
「ただいま、じゃなくてだな。頭をこっちに向けろって言ってんの!」
「えっなんで? こっちのほうがテレビ見やすいんですけど……?」
「はあ……もういいわ。ソファーに寝そべるのはいいけど、部屋着に着替えておけよな……」
何を言ったところで理解されないと悟った俺は、それだけ言い残すとその場を後にした。
ものの二日弱で余所余所しい態度は消え去り、いつもの距離感に戻ったのは非常に喜ばしいことだが、異性が同居しているということだけは忘れないでほしい。彼我結宅にいた時は、少なからずもう少し気品があった。なのになぜ、どうしてまた元に戻っている、それもだいぶ初期段階の状態に。
(実家のように気楽に生活しろとはいったが、些か寛ぎすぎじゃないか。まあそれだけ馴染んだってことだし、悪いことじゃねぇんだけど……なんだかなぁ……)
手洗いをして一度自室に戻り着替えを済ませてから食堂に向かう。
テーブルにはもうすでに料理が並べられていた。部屋着姿の莉緒がいつもの席に腰を下ろして、料理をジッと見つめている。待てをしている犬にしか見えないのだがどうしたものか。
そんな忠犬をよそにミーナは、目配せをして俺に座るように勧めると、残りの作業を手早く済ませていった。俺が席に座ると同時にスープをよそい、コップにお茶を注ぐ。
料理が出揃いミーナも席に着いたところで「いただきます」と合掌し食事を開始する。
この離れで暮らすようになってから、俺が夕食を作ることはほぼなくなった。
朝昼の食事は俺が担当し、晩の食事はミーナが担当。その他の家事については、分担作業で行っているが、俺達兄妹が全体の九割九分を占めている。残り一分を莉緒がしてくれているのだが、その作業内容はゴミ捨て。
俺達がまとめたゴミ袋等を苛立ち粉砕機改二に投げ込む。それが唯一莉緒に任じられた家事だ。
苛立ち粉砕機改二とは、苛立ち粉砕機改にさらに改良を加えたもの。大きな改良点は主に三つ。
一つは鉄箱内部にお手軽収納術のような異空間へとつながる入口を作成したこと。これによりゴミ集積場に行かずとも、ここに投げ込むことで全て解決する。
もう一つは45リットルのゴミ袋を置ける大きなカゴに変更し、尚且つ飛ばしてもゴミ袋が破れないように速度調整したこと。速度低下により衝撃や音は軽減されている。
そして最後の一つは上記の速度調整に合わせて、鉄箱との距離を縮めたことだ。初代の全長4メートルを半分以下にした二代目をさらに半分にした。それに伴い本末転倒ではあるが、従来の投石機能に加えて、直接ゴミを鉄箱に捨てられるように段差を設置した。
まあここまでくると、完全に苛立ち粉砕機とは名ばかりのただの異空間ゴミ箱と化しているわけだが、ゴミ捨て係が楽しそうに業務に励んでいるのでヨシとしよう。
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