28-1 他人行儀
99階層まで一気に踏破して、男爵屋敷に帰宅してからというもの、二人の様子がどこかおかしい。妙に余所余所しいというか、なんか悪い物でも口にしたのかってほど俺に優しい。
あの莉緒がアラームをセットしまくって一人で起きようとし始めるし、毎夜ベッドに忍び込んでいたミーナも大人しく自室で寝ている。今朝だって俺とは別行動で二人仲良く登校しているし、生徒会室で三人一緒に昼食をとっていたが、それも別々。明日は弁当すらも用意しなくていいとまで言ってきた。
それに二人ともあれほど熱心に布教してきた作品を勧めるどころか、話題に上げることすらなくなった。
優しいとは少し違うかもしれない、俺に迷惑をかけまいとしている。親離れならぬ、兄離れ? 幼馴染離れ? そんな感じがする。
俺と再会するまでの間、二人とも俺の助力などなくても普通に生活していた。なので、ある意味においては前の生活に戻っただけともいえる。だとしても、あまりにも不自然すぎないか。
こう言っちゃなんだが、あの莉緒が、あのミーナが、理由なく急に俺から距離を置こうとするとは思えない。
「……絶対になにかあるよな」
それに、こちらとしても一昨日までは普通に接していたのに、いきなり距離をとられてしまうと、何というか寂しい気持ちになる。莉緒やミーナと再会してから一度も感じることがなかった感情。前述の出来事とかで情緒不安定になることはあったが、孤独で不安を覚えることはなかった。
一緒に暮らしているはずなのに離れていく感覚。
勇者として一人旅をするなかで、いつしか薄れていった感情。
父親から『息子などいない』と断言された時も、ここが平行世界だと知った時ですら、これほど孤独を感じることはなかった。
「俺もまた二人に依存しているのか……」
約束が決行された日から、俺と莉緒は離れで暮らすようになった。
そもそも二人が交わした約束とは、勝ったほうが俺と同居するというものだった。
つまるところ、莉緒が勝てば今までどおり彼我結宅にお世話になる。ミーナが勝てば男爵屋敷にお引越しということだ。
結末は言うまでもなく、ミーナの圧勝により俺は昔懐かしい離れに戻ってきた。莉緒をひとり残して引っ越しするのは、後ろめたいという俺の負担が増大する。彼我結宅と男爵屋敷の往復が始まることを意味するのだから。なので、俺はその負担から逃れるためにある条件を提示した。
莉緒も離れに住んでいいのなら、引っ越してもいい。
そもそも二人が勝手に決めた約束事なのだから、俺がその約束を違えたところで、咎められるいわれはないのだから。
苦虫を嚙み潰したような顔で渋々許可を下すミーナと『部屋あまってんだからいいじゃん』と勝ち誇った顔で、大きなキャリーケースを引きずり客室を見定める莉緒。
実際の勝者と敗者は逆のはずなのに、光と闇のような対比、あの時の二人の表情は一生忘れそうにない。
三人での同居生活は予想以上に騒がしいものだった。鬱陶しいとまではいかないが賑やかすぎて、彼我結宅に一時退避しようかなとさえ考えたほどだ。だが、俺はその鬱陶しい環境が気に入っていたらしい。
ストレス解消として行った死のお祭りは実に爽快で心が晴れる楽しい行事ではあったが、心の底から楽しめたか? と訊ねられたらそうではないのかもしれない。
二人はいま何しているのかな? とか昼飯はちゃんと食ったのか? と、二人のことが脳裏にちらついていた。
まあ色々と思うところはあるが、俺がいますべきことは、哀愁に浸ることじゃない。
前代未聞の三桁100階層へと続くゲート、そこに浮かび上がっていた警告文など俺が目にしたことを、理事長に報告しに行くことだ。
下校時刻となり、帰宅準備を始める莉緒に用事があると告げ教室を出る。
だが、向かう先は理事長室ではなく校長室だ。理事長室は、開かずの部屋と言われており、生徒はおろか教師ですらも、一度も入室したことがない。理事長自体が未確認生命体扱いなのだから、理事長室がそう呼ばれるのもまた道理かもしれない。
つまるところ、窓口である校長を介して報告するしか方法がないのである。
「つっても……校長室に入るのも今日が初なんだけどな」
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