26-3 聖域確保
机上に弁当を広げて深々とイスに腰かける。
湯気立つ湯呑からは風味豊かな緑茶の香りが漂い、空腹を刺激するとともに心労を癒していく。
強いていえば、この場所を独り占めできれば言うこと無しなのだが、さすがにそれは無理そうだ。
生徒どころか教師すらも許可なく入室することのできない聖域。この場所に立ち入るだけでも畏れ多いというのに、主の許可を得ているといっても、俺はそんな場所で今から弁当を食べようとしている。
休息を得たとはいえ、昼休みが終わって教室に戻った後のことを考えると気が重くなる。一時限目の休憩時間ですらも同学年を枠を超えて、上級生までもが噂の人物を見物しに来ていた。三時限目の休憩時間には、騎士道に準じていると俺が一種の尊敬を抱いた、あの最上級生までもが野次馬として訪れていた。
生徒会長に関する出来事、それほど重大で生徒の興味をそそってしまう。
今までは一志の尽力や級友のおかげ? で、直接介入は1年E組内のみで収まってはいたが、先の神のお告げにより全生徒が知ることとなった。もう学園内において、俺が心の底から気を許せる環境、場所はここしか残されていないだろう。
昼休み以降の質問攻めは、マスゴミレベルのエグいものになりそうだ。
ここでオンライン授業でも受けさせてくんないかな……いや、やっぱ止めとこう、それはあまりにも愚かな選択すぎる。今でさえ女子生徒の妄想を膨らませているというのに、同室で授業を受けるとか彼女達の溢れんばかりの好奇心を刺激するだけじゃないか。
(……はっははは、ミーナが自分の教室に戻る気が無いと、無意識に悟ってるのか……俺は。まあいい今は目の前のことに集中しよう)
それでも人の目を気にせず気兼ねなく昼食をとれる。あのベストタイミングで流れた校内放送は、まさに天啓と呼ぶに相応しいものであった。ただ些か内容には問題があったかもしれないが、考えるのはよそう。
アスパラのベーコン巻きに目標を定めて箸を伸ばす。
その様子を隣で見ていたミーナはクスクスと笑みをこぼす。
「……なにか面白いことでもありましたか? 姉さん?」
「面白いといいますか、やはりわたくし達は姉弟だなと思いましてね」
「はぁ……そ、あーなるほど。確かに兄妹だわ」
ミーナの箸先には、俺が先ほど目標に定めたアスパラのベーコン巻きがあった。
思い出に浸るように目を閉じて食べるミーナに釣られるように、俺もまた定番メニューを口に運ぶ。
「この少し塩気の強いベーコンとアスパラの組み合わせ。シンプルな料理なのに、不思議なことにイメリアの料理を思い出しますね。懐かしいといいますか、何とも感慨深いですね」
「定番メニューだし、桜川凪の母さんも良く作ってくれてたけど……そうか、今の俺にとっては、こっちの味付けが故郷の味になっているのかもしれんな……」
シャキシャキとしたアスパラの噛み応え、ベーコンの塩気と油と芳醇なバターの香り。
弁当の定番メニューとなるだけのことはある、いつ食べても美味い。この油と塩を琥珀色の炭酸水で一気に胃に流し込みたいところだが、この世界ではそれは叶わない。いまはこの艶々の白米と緑茶が相方である。
異世界での成人は15歳のため、俺が実家から離れた時にはもうこういった嗜好品も許可されていたが、前世の記憶もあってか、なかなか手を出せずにいた。
とある魔物を倒すために一時的にパーティを組んだ冒険者との親睦会。そこで初めて口にした。いつ命を落とすか分からない冒険者達は一期一会を大事にする。その絆を親睦を深めるために最適な潤滑剤こそが、アルコールなのだ。あの世界にノンアルコールというものなど存在しないため、親睦会という名の飲み会が生じた場合は、半ば強制的にアルコール一択となる。
最初は、苦く微妙な炭酸といい何が美味いのか、ゴクゴクと美味しそうに呑んでいるのを間近で見ても理解に苦しむほどだった。だが、吞み慣れていくうちに、その苦味や微炭酸が美味しいと思えるようになった。
この世界に比べて文明レベルが低い異世界で、そのクオリティなんだから、こっちの世界のはもっと美味しいのだろう。
(まあ偉そうに語っているけど、ジョッキどころかコップ一杯、いや御猪口一杯で俺ダウンするんだけどな……)
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