25-5 在庫補充
というわけで、俺は二日ぶりに彼我結家に上がり込み絶賛料理中である。
只今の時刻は午後二時、俗にいう丑三つ時である。
台無しだと思っていた食材は、二日間冷蔵庫で休ませたことで鶏肉はこれでもかと味が染み込み、野菜は浸水せずに塩っ辛い漬物になっていた。鶏肉も野菜もそのままだと少々濃すぎる。そこそこアレンジは必要だが、弁当など冷えた状態で食べることを考えれば、味が濃いことは決して悪いことじゃない。
そこが腕の見せ所だな、ってなわけで弁当作りに熱が入り気が付けばこの時間になっていた。とはいえど、まだたったの三時間しか経っていないともいえる。莉緒の願いを聞き入れて、弁当作りに明け暮れた日々に比べたら、この程度全然苦じゃない。つうか、この静けさの中で、誰にも邪魔されずに黙々と趣味に没頭できる。むしろ最高の癒しの瞬間、ご褒美そのものだ。
「在庫もそろそろ半分切りそうだったし、丁度いいタイミングだったな。この調子で在庫補充していかないと。で、お前は一体何をしている?」
「もぐもぐ……ごくん。何って、味見に決まってるじゃないですか?」
「あーうん、そういうことじゃなくてだな……」
「兄さんの言うようにお弁当にするのでしたら、これぐらい濃くてもいいと思います。ただ副菜は薄めの……そうですね。カブの甘酢漬けとかどうですか?」
「なるほど、酸味で食欲も増すし、口内も一旦リセットできる。悪くない、それ採用だな……じゃなくてだな、なんでお前がここにいるんだって訊いてんの?」
「兄さんがいつになっても戻ってこないから、様子を見に来たに決まってるじゃないですか」
俺が弁当用にと、せっせとおかずを作るたびに、横からスッと手が伸びては消える。味見というにはあまりにも、おこがましい量が彼女の胃に次々と運ばれていく。
ミーナが来ていたことに気づいてはいたし、料理の妨害をしないのであれば構わないと放置していたが、さすがにこれはやり過ぎだ。もう途中から、弁当のおかずがとかよりも、こんな夜更けに暴飲暴食をして大丈夫なのかと、妹の胃腸のほうが心配になってきた。
「麗しき乙女がこんな時間に、そんな部活後の男子生徒ばりに食って大丈夫なのかよ?」
「もぐもぐもぐ……ええ、わたくし太らない体質ですので問題ありません。それに兄さんの出来立てほやほやの料理を目の前にして食べないという選択肢はございません。もきゅもきゅ……」
「はあ……なるほど。理解した、理解はしたが、一旦食うのを止めろ。これじゃいつまでも経っても弁当の一つも完成しやしない。いいのか、お前の弁当も一生完成しないってことだぞ?」
「兄さんのお弁当が、愛情弁当が完成しない……!?」
そこまで驚愕するようなことは何一つ言っていない。ただ現状をそのまま口にしただけだというのに、世界の終わりのようにミーナの顔は青ざめていた。
その心境が表面に反映し爪楊枝をつまむ手はプルプルと震え、胴体を穿たれたタコさんウインナーもまた連動しダンスを踊っている。
薄桜の透明な肌が、この一瞬で吸血鬼のような血の通っていない青白い肌に変わり果てていた。
何も悪いことはしていないはずなのに、後悔の念が押し寄せてくる。だが、ここでまた俺が何か言ってしまうと、時間と食材だけ浪費し一向に弁当作りは進捗しない。
(ここは心を鬼にしてミーナの味見を止めなければいけない。すまないミーナ……)
真っ青な顔で、口に運ぼうとする右手を左手で抑えつけている。天使と悪魔による激しい攻防戦が繰り広げられていることだろう。
最後には、天使が勝利したようでタコさんウインナーの誘惑に抗い爪楊枝から手を放し、顔色もすっかり元通りになっていた。
「……確かにそれはそうですね。わたくしが自分でお願いしておいて、兄さんの邪魔をしてはいけませんね。わたくしも何かてつだ……では、わたくしは先に離れに戻ります」
「また明日じゃないな、また5時間後に。おやすみミーナ」
「の前にですね、兄さん! 今日は諦めますが、明日からは約束守っていただきますからね」
「わぁってるって、睡眠不足はお肌の天敵なんだろ? さっさと帰って寝ろ」
「……むぅ分かりました。おやすみなさい、兄さん」
「はいはい、おやすみおやすみ」
キッチンを主に、爪楊枝が突き刺さったウインナーを恨めしそうに見ながらミーナは帰っていった。
静けさを取り戻した俺しかいない空間で、自制心に弄ばれた被害者に視線を落とし、呟くように声をかける。
「……悪いなお前はこっち行きだ」
振動によりズタボロに割かれたウインナーを口に放り込み咀嚼し胃に落とす。
市販のウインナーに切り込みを入れて焼いただけだというのに、あり得ないくらいに美味い。
この時間に食べるという罪悪感もまた調味料ということか。ミーナの手が止まらなくなるのも頷ける。
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