25-4 勝敗決着
殺伐とした空気のなかで、あの約束は書面上でも無事取り交わされた。
その誓約書は、なぜか俺が預かることとなった。莉緒もミーナも、異次元収納系の呪文や技能が使えないからという理由もあるが、もう一つは公平な立場である俺が持っておいたほうがいいと判断されたからだ。
蜃気楼を解除したとはいえ、許可された者以外に入ることができない男爵屋敷に保管すればいいじゃんとも思ったが、人災はどうとでもなるが、天災が発生した時は守り切れないとか、なんか色々と理由付けをされて意見を通されてしまった。
あの時の二人は、姉妹かと思えるほど息ピッタリだった。
(……はあそれにしてもまさか、こんなしょうもないことで争ってたのかよ。それになんだよ、血判って、任侠者すぎんだろ……)
親指に血を滲ませて心底悔しがる莉緒に犠牲による癒しをかけながら、心の中で溜息をはく。
「こんな傷、唾でも塗っとけばすぐに治るのに……」
「はぁ~バカなこと言ってんじゃねぇよ。お前の身体に傷が残るとか俺が許さねぇっての」
「……ふん、ミーナにだってそう言ってるくせに……この人たらし」
「なにを怒ってんだか知らねぇけど、っとこれで良し。我ながら完璧な治癒だな」
「はいはい、そうね……ありがと」
親指の切り傷と血が完全に消失したのを確認し掴んでいた手を放す。
莉緒は少し不服そうにこちらを見つめたあと、自分の指に視線を移し微笑んでいる。
「いいえ、どういたしまして。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「実家なのにあたしは留守番って、なんかおかしくない?」
「こんな夜更けに何かあったら、おじさんとおばさんに申し訳ないだろ」
というのは建前で、今日はイレギュラーがあっただけで、明日は普通に学園がある日。
ミーナも明日は登校すると言っていたし、明日は休みにはならないだろう。俺が願えば、もしかしたら休みになるかもしれないが、そんなしょうもないことで休業日にするとかバカげている。
それに権限があるとはいえ、そんなに何度も使えるわけでもないだろう。本当に必要な時以外には使わないように、使わせないようにしないと、生徒会長としての評価も下がりかねない。
女神のように崇め奉られているからこそ、何か泥がつけばその評価は著しく低下し反転する。ファンがアンチになる、生徒どころか町民のなかで、一番その危険にさらされている人物。ミーナはそんなこと気にしていないかもしれないし、アンチになったところで返り討ちにすればいいと踏んでいるかもしれない。が、兄としてはそれでも妹が心配なのだ。
心配する兄心は本当なのだが、それでも何とかなるだろうという確信めいたものはある。ってなわけで、これもまた建前だったりする。
「そうは言ってもここから10分もかからないでしょ? あんたが一緒なんだから大丈夫だと思うんだけど?」
「大丈夫か、そうじゃないかで判断すれば、そりゃ大丈夫に決まってる。さて、いまは夜の11時です。明日は学校です、俺の言いたいことは分かるよな? それが大丈夫だと思うのならついて来てもいいぞ。その代わり明日は俺じゃなくて、おばさんから電話がかかってくるかもしれないけど、どうする?」
「…………おやすみなさい」
「良い判断だ、おやすみ」
昨夜も世話になったベッドに渋々ながら莉緒は潜り込む。
掛け布団から顔だけ覗かせて何か言いたげだが、ガン無視して客室を出た。
夜も更けたということで、結局今夜もここに泊まることになった。二日連続、彼我結家に戻らないのはさすがに心配事が募る。
戸締りは完璧、電気とかも全部消してある、それにこの離れのようにあちらにもミーナお手製の結界が張られている。最強のセキュリティによって、守られているため何の心配もないのだが、それでも俺には気掛かりがあった。
下ごしらえ済みの食材諸々が、冷蔵庫に入ったまま放置されていることだ。
唐揚げにしようと、醤油やショウガ、ニンニクなどを混ぜ合わせた調味料に鶏肉を二日丸々漬け込んでいる。
付け合わせ用のコールスローに使うキャベツやニンジンも塩で揉んで放置している。水分が抜けるようにザルをボールに重ねて隙間を作っているが、放置のし過ぎで水分が溜まり境を越えて浸水しているかもしれない。
昨日はまだしも、今日は寄ろうと思えば時間など、いくらでも割けたというのに、なぜに今の今まで思い出さなかったのか。それだけは悔やんでも悔やみきれない。
とりま一度帰宅したい、二日目ならまだ何とかなるはず……たぶん。
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