23-1 学園休学
俺はいまダンジョンにいる。
只今の現在地は昨夜の続きからとなる54階層、そのゲート前でとある心配事に頭を悩ませていた。出発前に訊ねたことをもう一度ミーナに訊いて、問題ないのか確認をとる。
「……ほ、ほんとうに学園は休みなんだよな?」
「はい、今日はお休みです」
「あた、あたしの貴重な早起きが……台無しじゃないの……」
莉緒はそう言うと膝から崩れ落ちた、この光景を見るのは本日三度目である。
「ほんとにな、マジであの時の感動を返してほしいわ」
「それ、あたしに言うのは違くない!? だって、今日って普通に授業ある日じゃないの。ミーナあんた一体なにしたのよ!!」
「なにって、わたくしは別段なにもしておりませんよ。ただ『今日は欠席します』と理事長に連絡しただけです」
「なんでそれで学園自体が休みになるのかって、あたしは訊いてんの!」
「そう言われましても……わたくしにも解りかねます。詳しいことは理事長に問い合わせしてもらえますか?」
「だから、その理事長が捕まんないからあんたに訊いてんでしょうがぁ!!!」
「あらあら、それはまあお疲れ様です」
「あああああああああ――――!!!!」
言うまでもなく、これらのやり取りもまた本日三度目となっている。
莉緒が休日じゃなくて、学園のある平日にひとりで誰の手も借りずに起きている。今日は良い日になりそうだ、彼女が意気揚々と起こしに来た時はそう思っていた。
が、そういえばいまって何時なのだろうか? 体内時計による目覚めだと、いつもの朝6時あたりだとは思うのだが、そんな時間に彼女が目を覚ますはずがない。てことは、いまは7時……もしかすると8時いや9時の可能性すらある。
そのことに気づいた時は、生徒会長を遅刻させてしまう重圧で押し潰されそうになったが、うまいこと今日は休業日になっていた。
暴風警報とかが出るような悪天候でもないし、学園も何かの記念日とかでもないのに、当日いきなり休みに変更される。学園関係者はたまったもんじゃないだろう。だが、それに対して彼らは何も言えない。生徒会長がもつ権限とは、俺が想像していた以上の力を有しているらしい。
また莉緒が俺を起こしに来た時点で、すでに朝9時を過ぎていた。今日が休業日ではなければ、どうあがいたところで遅刻確定だった。
休みになったとはいえ、昼前からダンジョンに潜っている理由は、ミーナから異世界の後日譚や彼女自身がどうやってこの世界に来たかなど、諸々の事情や報告を聞くためである。別にここじゃなくても、離れで紅茶でも飲みながら聞けばいいじゃないかと思うのだが、莉緒が大人しく座って聞きそうな雰囲気じゃなかったからだ。
それなら『ながら』作業的な感じで、流し聞きながらダンジョン攻略すればいいじゃないという話になり、3人揃ってダンジョンに赴いたというわけだ。
「さてと、ここまで来たのはいいとして……ミーナにとって大事な話とかもあるだろ? それをこんな聞き流す感じで本当にいいのか? なんつうか、もうちょい趣のある場所のほうがいいんじゃないか?」
「お心遣い感謝します、兄さん。ですが、問題ありません。こういう時のために呪文を編み出しましたので――心のささやき」
「呪文を編み出した……?」
ふわりと暖かな光がミーナの身体から発すると、その光りは二つに分裂しそれぞれ俺と莉緒を包み込む。数秒すると、その光りは一円玉サイズにまで小さくなり、口元から数センチ離れた位置で固定された。
呪文を発動するのに必要不可欠な詠唱、それをミーナは破棄して呪文名を発声するだけで技能のように発動させる。詠唱破棄をする魔術師は何十人と知っているが、呪文を作り出した魔術師は一人しか知らない。これで二人目となるが、それにしてもこの呪文は一体どんな効果を秘めているのだろうか。
「この呪文を端的に説明すると、イヤホン付きマイクといったところでしょうか。これを使えば階層が異なっていても、隣にいるかのようにお話ができます。音量とかも、当人が一番聞き取りやすい音量に自動調整されますので、小声でも大声でも問題ありません。試しに兄さん、ちょっとだけ離れてもらえますか?」
「おぅ……分かった」
ミーナと大体10メートルほど離れたところで「これぐらいか?」と囁くと、すぐに「はい、十分です」と返事がきた。小声も小声、耳を澄ましたところで絶対に聞き取れないだろうという声量で喋ったにもかかわらず時差なく応答してきた。ラグもなく驚くほどクリアな音声。異空間のため、ありとあらゆる伝達手段が使用不可のダンジョン内において、あまりにも画期的すぎる呪文。
ただ使用人数は5人程度を抑えておくべきかもしれない。それ以上だと混線でロクに意思疎通ができなさそうだ。
「なにこれ、なにこれ! マジすごくない!? はっ……ぐぬぬ……呪文だけは認めてあげる。だけど、魔物退治はあたしのほうが凄いんだからね!!」
「はい、承知しております。わたくしは呪文しか取り柄がありませんから……技能が使える彼我結さんが羨ましいです」
「そのぉー勝ち誇った言い方、ぜぇったいに目にもの見せてやるんだからぁ!!」
莉緒はそう言い残すと、カラドボルグを片手にダンジョンの奥地に消えていった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。
特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。
他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。