22-2 鬱憤粉砕
話は食卓を囲む一時間前に遡る――。
花瓶を全力で床に叩きつけたかのような轟音を耳にしてから数秒後、蝶番が歪みそうな勢いでドアが開いた。
「おっはようー、凪ぃ! 今日はあたしが起こしに……きてあ……えっ?」
「莉緒お前、ひとりで起きれたんだな! うん、どうした? 褒めてるのになんか反応薄くないか? ああ、挨拶してないからか。おはよう莉緒!」
「あら、おはようございます。彼我結さん。よく眠れましたか?」
自慢げに登場したかと思えば、今度は急に大人しくなり一歩も動かなくなった。せっかくドアを開けたというのに、部屋に入ろうともしない。
唯一彼女が行ったことといえば、マイベッドを指差して無音映画のように口をわなわなと動かすのみだった。
「なあ莉緒、あのバカデカイ目覚まし音、何を使ったんだ?」
「ななななん……」
こっちから話しかけても、その挙動は変化せずループ再生のように延々と繰り返している。先ほどと違う点があるとすれば、意味不明な音声が新たに追加されたことだろうか。
そっちも気にはなるが、それよりもあの轟音だ。どこか聞き覚えのある音なのだが、一体どこで聞いたのか思い出せない。
「あれは兄さんが13歳の時に作った苛立ち粉砕機の音ですよ」
「ストレスクラッシャー? なにその恐ろしい名前……」
「覚えておりませんか、幼いわたくしとイメリアのためにお作りになられた。あの苛立ち粉砕機ですよ?」
「二人のために……作った……俺が、粉砕……思い出した。日々のイライラを発散するために製作した、あれか!」
「はい! その苛立ち粉砕機です、兄さん!! あれには本当にお世話になりました。あれのおかげで、群がる蟲共を灰燼に帰さなくて済みましたし、メイド達とも仲良くなれました」
俺の顔を見ながら言っているはずなのにミーナはその奥、壁と天井の境を見ているかのように焦点が定まっていない。目のハイライトまでもが消失している。そっちについては、あまり深く訊かないほうが良さそうだ。
「ストレスクラッシャーって、あれ確か屋外にあったよな? あの音からして屋内にありそうな感じがしたんだが?」
「いまはベランダに設置してあります。ですので、屋外といえば屋外ですね」
「その割には音が凄まじかったな……つうか、あれさ。全長4メートルはあったよな? それをベランダに置いてる?」
「はい、ベランダにあります。兄さんがわたくしのために作っていただいたストレスクラッシャーに手を加えるのは、大変心苦しいものがあったのですが、ベランダに移動させるため小さくしました。もしよろしければ、あとで一緒に見に行きませんか?」
「別に怒ってないし好きに使ってくれていいよ、そのために作ったんだから。小型化か……そうだな、時間が空いた時にでも見に行くか。俺もどう改造されているのか興味もあるしな」
「はい、兄さん。見たくなったら言ってくださいね」
ストレスクラッシャーの話になった途端、ミーナの目にハイライトが復活し爛々と輝いている。
苛立ち粉砕機とは、その名のとおり日々の鬱憤を晴らすために、俺が13歳の時に夏休みの自由研究感覚で作製したものだ。
不要となった花瓶等をカゴにのせてレバー中央のトリガーを引くと、カゴにのった不用品が的に向かって飛んでいく。構造としては至ってシンプルで、トリガーを引くことで固定していたバネの留め金が外れる。その反動でカゴの中身が飛翔する。つまるところ、小型の投石器である。
的には頑丈な鉄箱を使用しているので壊れる心配もない。また当たった衝撃で蓋が自動で閉まる仕組みなので、破片が飛び散る心配も不要で片付けも楽ちん。蓋やバネはレバーと連動しているので、レバーを所定の位置まで引くだけで投石準備完了となる。
万が一という可能性も考慮して、もちろん安全対策も講じている。レバー正面にミスリル糸を編み込んだガラスを設置し、レバーから鉄箱の間もミスリル製の金網で囲って飛散しないようにしてある。
妹となんてことない会話、ほのぼのとした時間、莉緒の快挙等により、ドギマギしていた心は落ち着きを取り戻していた。
そんな最中、思考停止に陥っていた莉緒が再稼働したかと思えば、先の轟音と近しい声量で咆哮を上げた。
「なんで生徒会長が、あんたがここに居んのよ! し、しししかも、なんで裸なのよ!! あんた達いったいなにやってたのよ!!!」
「まず一つわたくしは、ルーク・凪・ランカードの妹なのですから、兄妹が一緒に寝るのはごく当たり前のことです。次にわたくしは、いつも寝る時は何も纏いません。最後に彼我結さんが考えているようなことは何もしておりません」
「あたしが何を考えているってのよ! 言えるものなら言ってみなさいよ!!」
「本当によろしいのですか? 彼我結さんがいま思っていることを兄さんのいる前で口にしても、本当によろしいのですか?」
顔色一つ変えず平然と言葉を返すミーナの巧みな話術に防戦一方となる莉緒。
その対比がなんとも見ていて面白い。完全なる傍観者として、何の被害も自身に及ばない安全地帯にいる時は、少なからずそういう目線で彼女達を見ていた。
舞い散った火の粉が、俺の肩に降りかかってくる、その瞬間までは。
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