22-1 激甘朝食
あのでっかいテーブルに3人横並びで座り、少し遅めのブレックファーストを食している。
昨夜の賑やかな夕食がウソのようにシーンと静まり返っている。普段なら気にも留めないような些細な音が際立って聞こえる。
フォークでサラダを突き刺す音、トーストを千切る音、食器同士が触れる音、それら全ての音量が2倍、いや3倍になっているかのようだ。
その静寂にひと際、よく通る澄み切った声が右隣から聞こえてくる。
「兄さん、兄さん。はい、あ~ん!」
その声とともに、3センチ角に切り分けられたトーストが口元に運ばれる。俺は誘われるがまま口を開き、トーストを迎え入れる。咀嚼するたびにバターと砂糖、気持ち程度の小麦の味がする。
トーストにはバターが零れるほどたっぷりと塗られていて、その上には粉砂糖がこれでもかと振りかけられている。そんな暴力的なトーストが口内を支配する。
美味しいは美味しいけど、起きてから何も胃に入れていない状態で、一口目がこれだと分かった時の絶望感は凄まじかった。
慣れてしまえば、連続してトーストもいけなくはないが、一旦隣のサラダとかどうですかね。できれば、ドレッシングがいい塩梅にかかっているところがいい。もしくは、コンソメスープとかで一回、口の中をリセットしたい。トーストを噛みしめるたびに、ふとそんな思いが頭をよぎる。
「美味しいですか、兄さん?」
「ああ美味しいよ……次はミーナの番だな……はい、あーん……」
これで妹のターンは終了、次は俺のターンとなる。とはいっても、やることは変わらない。妹が行ったことをそのまま真似るだけだ。ミーナが選んだ食べ物と同じものを選び、彼女の口元に運ぶ。
かれこれもう10往復はしているのだが、なかなか終わりそうにない。もしかして、これ全部食べ終わるまで続くってことはないよな。
「美味しいです兄さん。わたくし、兄さんの手料理を食べるのを楽しみにしていたんです」
「そっかー、それは良かった。俺もミーナのご飯が食べられて幸せだよ……」
妹と食べあいっこをするたびに、左隣から猛烈な歯ぎしりが聞こえる。
分かっている、分かっているさ。俺だってこんなことしたくはないが、こうしないとミーナの機嫌が悪くなる。事あるごとに『11年間も』と言われてしまうと、何も言い返せなくなる。また方便や詭弁の一つでも言おうものなら、その瞬間は逃げおおせたとしても、いつの日か、必ず今回のように答え合わせをする日が訪れる。
我が妹は絶対に俺との約束を忘れない。今朝はそれを身をもって実感した。
木の葉が抗わず川の流れに従うように、俺もいまだけは流されるとしよう、きっとなんとかなるさ。
そういや不思議なことに、昨夜あれほど暴飲暴食したにもかかわらず、身体は一切むくんでいない。それどころか、恐ろしいまでにすこぶる体調がいい。
柔軟体操もせずに寝起きバク宙をしても身体を傷めなかったのは昨日の夕食のおかげか? 特に変わった食材も調味料も使用していなかったが、ミーナが手を加えると能力向上効果的なものが付加される? 昨日に比べて女性陣の肌もツヤツヤしている気がしなくもないし、その可能性はありそうだ。
「ふふふ、初めての共同作業ですね♪」
「ちょっ!? あんたなに変なこと言ってんのよぉ!!」
ミーナが頬を赤らめながらそう言うと、それを聞いた莉緒はなぜか叫び声を上げて立ち上がる。
それよりも俺としては、ミーナの手が止まったことに安堵していた。むこうのターンにもかかわらず停止しているということは『あーん』タイムが終了したことを意味していたからだ。
これでやっと自由に自分のタイミングで食事を進めることができる。
「わたくし、何かおかしなこと言いましたか?」
「な、なにって、その……きょうどう……さぎょうってやつよ」
「どこがおかしいのでしょうか。わたくし、兄さんと一緒に料理を作ったのは、今回が初めてですもの、ね。兄さん?」
「そうだな。あっちでは、いつもイメリアが用意し……って、あれ? どうした莉緒、お前耳真っ赤だぞ?」
「な・ん・で・も……ないわよ! なんでもないわけあるかあぁ――!!!!」
一目で分かるぐらいに莉緒の耳が赤く染まり、プルプルと身体を震わせている。手元を見ると、血管が浮き出るほど強く拳を握り締めている。発狂気味にひとりツッコミしてるし、先ほどのやり取りのなかで、なにか気に障ることでもあったのか。テンション的には、カラドボルグを手にした時とよく似ているし……俺の気のせいだな。それよりも次は何を食べようかなーっと。
「さっきから忙しいやつだな」
「賑やかでいいじゃないですか。次は兄さんの番ですよ。はい、あ~ん!」
まだゲームは終わっていなかったようだ。
フォークでキュウリを突き刺した瞬間に、俺の口元にキュウリが差し出された。
こっちのキュウリはミーナに食べてもらうとしよう……。
「ああ、ちょうど口をサッパリさせたかったところなんだ」
「だと思っていました。さあどうぞ、兄さん」
「どうして、こうなっちゃうわけ……あたしが一体なにをしたってのよ……」
「わたくしが思うに、あなたが何もしなかったからでは?」
程よくドレッシングのかかったキュウリを頬張りながら、感情豊かな二人を眺めるのであった。
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