21-6 方便遂行
ミーナは憤ることもなく、無表情のまま掛け布団から左手を出すと、ちょいちょいと手招きをし始めた。
「……なんの真似だ?」
「…………」
だんまりを決め込んだまま、ただひたすらに可動式の招き猫のように同じ動作を繰り返している。
これは俺が、その招きに応じない限り永久に続くやつだ。
上体を倒してベッドに顔を近づける。
「これでいいか?」
「…………」
もっとこっちだ近寄って来いと言わんばかりに、ミーナは自身の顔横に左手を移動させると小刻みに動かし始めた。
妹様の指示に従い、ベッドに顔を近づける。
「これぐらいか?」
「…………」
さらに左手の速度が増す。大体、距離にして60センチほど近づいたが、これでもまだダメなようだ。
それよりも兄としては、妹の手首が逝ってしまうんじゃないかと心配になってくる。
「こ、これぐらいか? この姿勢はちょいとばかりしんどいからさ、用件を早く言ってくれないかな?」
ミーナの顔まで残り30センチ、ここまで来ると左手から放たれる送風で目が乾燥してくる。
「うん、完璧です。に・い・さ・ん」
ミーナはそう微笑みながら言うと、両手を伸ばして俺を顔を掴んできた。
後頭部に手をまわしてガッチリ固定されているので、捕獲されたと言ったほうが正しいかもしれない。
「……あのぅ? ミーナさん? これは一体?」
「やっとやぁ~っと……兄さんから許しが出た……」
「許しってなんのこと?」
晴れやかな笑顔から妖艶な笑みへと変化していたので、何となく嫌な予感はしていたがもう手遅れのようだ。元より、消滅せし足音を凌駕する身体能力に敵うはずもないので、気づいたところで回避する術も無し。
(俺は一体これからなにをさせられるのだろうか。この姿勢も腰にきて辛いし、つうか許しってなに?)
ミーナの両手に力が入ったと思った刹那、しっとりとした柔らかな感触がくちびるに当たった。
ブッ――チュ――――。
一体何が起こっている、俺はいま何をしている? ミーナに何をされた? それにこの感触は?
混乱し頭が回らない中で、固定されていた頭部が解放される。
戸惑う俺に、ミーナは「おはようございます、兄さん♪」と本日二度目の挨拶をしてきた。
「あー、えっと、なんで?」
先の衝撃で俺の語彙力は消滅していた。
食後の犬のように舌なめずりをしたのち、彼女は満足げにこの行為に至った理由を話し出した。
「わたくしも大人になったのですから、次からはわたくしが兄さんを起こしてあげますね♪」
「なるほど……? でも、別に口じゃなくてもよくない?」
「口同士は大人になってからって、昔兄さんそう言ってましたよね……?」
「……あっ、言った……確かに言ったわ、だけど、それはだな」
置かれた環境もあってか、ミーナは同年代に比べてかなり大人びていた。
呪文を初発動させたあたりから、それは顕著なものとなり、4歳にもなると本作どおりの『目覚めの口づけ』に興味津々になっていた。いつまで経っても俺が本物の目覚めの口づけをしないことに、しびれを切らしたミーナは、額にしても起床しなくなり、あれほど好きだった呪文の勉強も一切やらなくなった。4歳児にストライキを起こされてしまったわけだ。
そのストライキをおさめるために俺が言った方便こそが、先ほどミーナが口にした言葉である。
あの時は、どうにかしてストライキをおさめないといけないという焦燥感に駆られていた。このまま放置するとランカード家が滅んでしまう可能性が高かったからだ。せめてミーナが成人するまでは、少なくともランカード家には、子爵として生き残っておいてもらわないと困る。
連れ出して一緒に旅をするという選択肢も脳裏によぎったが、幼子を連れて魔王領に足を踏み入れることも、戦いに赴くたびに妹を他人に預けるということも、俺にはできそうになかった。
それならまだランカード家に残ってもらったほうが安全だし、イメリアもいるため俺も安心して旅ができる。
まさかその時に下した決断がいまになって、こんなかたちで答え合わせされるとは思ってもみなかった。
「兄さんが妹のわたくしにウソをつくはずないですよね」
「あーうん、そうだな。俺はお前の兄だもんな……あーでも、なー」
ドガラッシャ――――ン!!!!
花瓶を落とすとかじゃなくて、花瓶を全力で床に叩きつけたかのような轟音が、部屋中に響き渡る。
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