21-5 睡眠童話
あまりにも信じがたい光景に、動揺してしまい気づけなかったが、俺は彼女を知っている。というか、俺が離れで暮らしていた時に、何度も何度も同様のことをされていた。
朝起きると、いつの間にか隣で寝ている。両親やメイドに気取られることなく、ありとあらゆる張り巡らされた警戒網を全てかいくぐり、俺のベッドに忍び込む。そして日が昇ると、早起きした雰囲気を醸し出し、散歩と称して堂々と母屋に帰宅する。
その類まれなる技術と図太い神経は、潜入のスペシャリストである某眼帯の傭兵を彷彿とさせる。
彼女は最凶の幼兵でもあった。
めくるために掴んでいた掛け布団を手放し、首から下を隠すようにかけ直すと、我が物顔でマイベッドを占拠する女性に声をかける。
「……起きろ」
「…………」
俺の声に反応し目蓋がピクリと動く。この感じ、目を覚ましているにもかかわらず、一向に起きようとしないのにも覚えがある。
「なあ起きろって、聞こえてんだろ?」
「…………いつもの」
「いつもの? いつもの!? マジで言ってる……?」
俺がこの男爵屋敷にいた間、彼女を起床させるために行っていた慣例儀式があった。が、いまここでそれを実行するのは割かし勇気がいる。
「ど、どうしてもしないとダメか?」
「……してくんないと……起きない」
やはり、あれをしないと目覚めてはくれないらしい。
頭をポリポリとかきながら、俺は彼女に向かって数年ぶりとなる朝の挨拶を行った。
「はあ~、しゃーねぇな……」
チュッ――。
妹の額にくちびるを当てる。
「これでいいか、起きろ、ミーナ。もう朝だぞ」
「おはようございます、兄さん!」
そういう類の玩具かのようにパチリと目を開けて、朝から元気いっぱいに挨拶を返してくれた。
鮮やかな紫色の瞳を輝かせて本当に嬉しそうにしている。そこまで喜んでくれるのであれば、兄としても悪い気はしないが……。
我が妹は幼馴染とはまた別種の眠り姫。あっちがグリム童話版だとすると、こっちはペロー童話版といったところだろうか。
莉緒は時間はかかるかもしれないが、自力で目覚める可能性があるのに対して、ミーナはそうではない。茨姫ではなくて、正真正銘の眠り姫なのである。
寂しがる妹を慰めるためにうろ覚えで語った童話集。その中で、彼女が最も気に入った童話が『眠れる森の美女』であった。
ある朝を境に、ミーナは作中に描かれている『王子様のキスで目覚める』を実行しないと、ベッドから出ようとしなくなった。
あの頃はまだ妹も幼かったこともあり、気恥ずかしさもなく普通に行えたが、こうも魅力的に成長してしまった妹に、額とはいえ口づけをするのは何とも気まずい。
いや、夢現とはいえ……実の妹にあんな下賤なことをしでかしておいて、その程度で気まずいとか……一体どの口がほざいているんだって話ではあるが、気まずいものは気まずいのだ。
(あの間、ちゃんと寝てたよな? 実は起きてましたってことはないよな……まさかな……)
それはそうと、ミーナが就寝時に全裸になるのは子供の頃からの癖である。まさか18歳になっても継続しているとは、これに関しては兄として注意するべきなのか、どうなのだ。
「ああ、おはよう。なあミーナ、ずっとこれやる感じ?」
「もちろんです。わたくし達兄妹の朝のルーティンですから、これがないとわたくしは絶対に起きません」
俺がいなくなってからは、どうやって毎日起床していたんだと、訊ねようとかも思ったが口をつぐんだ。朗らかな雰囲気のなかに漂う威圧感、いまここでそれを口にすれば、火に薪をくべる行為に他ならない。莉緒の時とはわけが違う、こっちは本気でマズい気がする。
そう俺の第六感が告げている。
「そ、そっか……絶対なのか……」
「はい、絶対です。まさかと思いますが、兄さん。約束を破ったりしないですよね? 5年……いえ11年間、わたくしはこの約束があったから、ひとり耐えて頑張ってきました。それなのに、なのに……」
「違う、違うんだミーナ! 確認……そう確認だ!!」
「かくにん……?」
「そう確認だよ、確認! ミーナも大人になったことだし、もしかしたら俺に起こされるのが嫌かなって思ってさ? 一応、訊くだけ訊いておこうと思ったんだよ」
自分でも嗤笑するほど、なんとも苦しい言い訳だろうか。
案の定、これが言い訳だと勘付いているようで、ミーナは眉をひそめて睨みつけてきた。
「か、く……にん……おとな……」
あっ終わった、地雷を踏み抜いたと思った矢先の出来事だった。
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