21-4 至高感触
温かい、柔らかい、心が安らぐ。
丸みを帯びたクッション、手の重さだけで沈み込み優しく包み込む。
つきたてのお餅のような程よい弾力と温かさ、手に吸いついて離れない触感。
そのクッションには芳香剤でもふってあるのか、顔を埋めると桃のような甘い香りが漂ってくる。
目蓋が重く現状を確認できてはいないが、どうやらいつの間にか眠りこけていたらしい。
昨夜はミーナと思い出話に花を咲かした。俺達兄妹は離れていた時間を埋めるように語り合った。
(……どこまで何の話をしていたか覚えてない。ベッドで目覚めたってことは、これをやったのはミーナか? 妹に抱っこされてベッドまで運ばれるとか兄として何とも情けない……)
この程よく身体が沈み睡眠を促してくる感覚にも覚えがある。5年もの間、俺の体重を支え続けてくれたマイベッド。それがここにあるってことは、この部屋はルークの寝室だろう。
朝月町の町並みには不釣り合いな古びた洋館。門扉は錆びれて歪んでいる。片側は半開きの状態で動かそうとすると弾みで外れそうだ。もう片側は錆びついてはいるが動くことは動くが、そのたびに軋んで嫌な音が鳴る。玄関扉には、チャイムが無かったころの名残としてフクロウを模ったドアノッカーが、来訪者を待ち構えている。
この場所がアミューズメント施設の一画であれば、ガチで雰囲気のあるお化け屋敷として、バズっていたかもしれない。が、少年期をこの屋敷で暮らした身からすると、実家に戻ってきただけ、ただの里帰りという感覚である。
外観を見た時に男爵屋敷に似ているなと思っていたが、内装や間取りまで一緒だった。ただこちらに合わせて違う箇所もあった。異世界では電気はもちろんガス、水道なども通っていなかった。元より呪文が存在している世界なので、わざわざ工事して通さなくてもどうとでもなる。こっちでも呪文に関していうと同様のことがいえるが、こっちは使えるといっても、まだ20年も経っていないため、民間にはそこまで浸透していない。
そもそも先のように呪文自体が弱体化されているため、精命力を消費してまで発動するメリットがいうほど無いのだ。
つまるところ、普通に他所と同じようにライフラインを引き込んでいる。もちろん異世界にはなかった電化製品なども一式揃っている。外見は数百年前の屋敷だが、中身は近代化がされているので、ごく普通に何の問題もなく生活できる。強いていえば、部屋数が10をこえるため掃除するのが、面倒くさいことだろうか。
この離れはミーナが異世界から持ってきたものでも、新規で建築したものでもないらしい。
なぜか、この世界に最初からそこにあったらしく、彼女もその理由を探っている最中だそうだ。
それにしても……このクッション抱き心地というか、触り心地が良すぎる。なんか触れているだけで癒される、ずっと触っていたいぐらいだ。なるほど、莉緒がぬいぐるみにご執心になるのも頷ける。
サワサワサワ、モニュムニュポニュ。
サワサワサワ、モニュムニュポニュ。
本当に永久に触っていられそうだ。というか、このままだと癒され過ぎて二度寝してしまいそうだ。
ひとまず起床しないと、そこで俺はとある疑問を抱いた。
クッションにしろ、ぬいぐるみにしろ、毛や布、革といった素材で普通はガワを作る。俺がいま揉んでいる、それはどの素材にも該当にしないものだった。あえて、感触が近しいもの挙げるとすれば、それは魔物のスライムである。
(……スライムに似ている? ダンジョン内ならまだしも、こんな場所にスライムがいるわけない……だけど、この感触は紛れもなくスライム? はて、俺はいまナニを揉んでいる?)
その疑念により、いい感じに目と頭の両方が冴えてきた。
あれほど重かった目蓋も今では羽……ほどじゃないが、問題なく開けられそうだ。中途半端な眠気に使うのは勿体ないが、例の技能を使えば万事解決なのだが、副作用がある以上あまり連続して使用したくはない。
(さてと、クッションの正体見たり枯れ尾花ってな……)
誘惑のクッションから顔をどかして目を見開く、双眸に映った光景は目を疑うものだった。
それが視界に入った瞬間に俺はベッドから跳ね起きていた。
起床一番に行うのにはなかなか激しめの跳躍。後方2メートルの位置で猫のように宙返りをし、膝を折り曲げて無音着地する。
「……そ、そんなことあるわけない、さ」
自己暗示をかけるように、声に出して自分に言い聞かせる。
見間違い、勘違いの可能性があるし、まだ寝ぼけていて幻覚でも見ているのかもしれない。
夢か幻か、はたまた現実か、それを確かめるべく、俺は恐る恐るベッドに近づく。
ここからでもベッドが膨らんでいるのが視認できるし、膨らみ加減から抱き枕サイズの大きなものだというのも分かる。が、それが脳裏に浮かんでいるものとはまだ限らない、まだ。
ベッドに手が届く距離まで近づいたところで、俺はフゥーと息を吐きスゥーと息を吸い精神統一をしたのち、掛け布団を掴み一気にめくった。
「はっ、はは……夢じゃなかったか……」
そこには妙齢な女性が一糸まとわぬ姿で寝息を立てていた。
ドキッと心臓がひと跳ねすると、そこから加速度的に鼓動は激しさを増していく。瞳孔は開き耳に響くほど心音が五月蠅い。喉は乾き、眩暈までしてきた。
この心音からして、血液が全身を駆け巡っているはずなのに、体温が上がるどころかドンドン下がっていくのを感じる。
血の気が引くとは、まさにこのことを言うのだろう……。
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