21-1 正体判明
昨日は結局、彼我結宅には帰らず、そのまま生徒会長の屋敷に泊まることになった。
莉緒を生徒会長に預けて綺麗にしてもらったのち、一室を借りてそこに寝かせておいた。
入浴する前には、もう彼女は夢の世界の住人になっていた。眠っている人間を風呂に入れて、寝支度を済ませる、人形を洗浄し着替えさせるのとはわけが違う。
その見事な手腕、その術をご教授願いたいと弟子入りを志願しそうになったが、諸々の小事情的に危うい気がしたので、諦めることにした。それに、その技術を習得したところで使いどころもない。
莉緒に続き生徒会長、そして俺の順で風呂に入る。
綺麗サッパリ汚れや疲れを落とし、こちらもいつでも眠れる準備を済ませたとこでリビングに戻る。
だだっ広いリビングに向かうと、寝間着に着替えた生徒会長がさっきと同じ席に座って待っていた。
カチカチと時を刻む音に釣られて振り子時計に目を向けると、深夜2時17分を指し示そうとしていた。
今からだと4時間弱は確保できるのだが、今晩は睡眠時間のことなど一切気にしない。それよりも重要な、確認しなければならない最重要事項があるからである。
それに三日四日程度なら、別に寝なくても問題ないはずだ。そういう訓練を幾度となく異世界で行っているので、たぶん大丈夫。いざとなれば、また眠気覚ましの儀を執り行えばいい。
副作用については目をつむるほかない。
「マジで、俺の好み全部把握してんだな……」
机上には白濁した半透明な液体が入ったコップが二つ、隣同士に置かれている。
これはつまりそういうことなのだろう。
風呂上がりに最適な乳酸菌飲料を用いた撒き餌。
(隣に座れってか……はぁしゃーない。言うとおりにするとしよう……)
物による誘導、言葉なき指示に従い、彼女が待ち受ける隣席に腰を下ろし、コップを手に取り一気に飲み干す。
キンキンに冷えた乳酸菌飲料が、喉を通過し食道、胃へと流れ込む。
身体に悪いことだと分かっていても、風呂上がりの一杯はやめられないとまらない。
「やっぱこれだよ、これ……」
「よろしければ、こちらもどうぞ」
生徒会長は空になったコップを自身のほうに引き寄せると、自分の分を俺に差し出した。
「いいのか……?」
「えぇ構いませんよ、それで湯加減はいかがでしたか?」
二杯目を一口飲んでから彼女の問いに答える。
「良かったけどさ、あれ。俺に合わせて少し熱めにしただろ? お前には熱かったろ、顔真っ赤だぞ?」
「久しぶりに一緒に入れるって思って、つい兄さんの温度にしてしまいました。ですけど、兄さんは意地悪です。どうして一緒に入ってくれないんですか!?」
「言い方おかしくないか。それよりもだな、年頃の妹? 年齢的にいまは姉か? と混浴などできるわけないだろうが!!」
「酷いです兄さん……イメリアも去ってしまい、ひとりあの実家に取り残された、わたくしがこの日をどれほど待ち望んでいたか……それなのに兄さんは、妹の願い一つも叶えてくださらないのですか?」
グサリと妹の言葉が胸に突き刺さる。
勇者の業務を行うためとはいえ、当時7歳のミーナをゴミ環境に残して旅に出たのは事実だ。そこを突かれてしまうと、反論の余地すらなく白旗を上げざるを得ないではないか。
俺が実家を出て一週間も経たないうちに、ミーナが姉のように慕っていたイメリアも解雇されていた。俺にとっても、彼女は一介のメイドというわけではなかった。ランカード家よりも大切な存在であった。
イメリアは幼少期からずっと献身的に俺の世話をしてくれた女性だ。実家に居場所がなかった俺の数少ない味方のひとり、もうひとりは言うまでもなく妹のミーナである。
勇者という役割を演じきり、元いた世界に帰還する。自己都合を優先するあまり、ルークを大切に想ってくれていた人たちのことを無下にしていたのかもしれない。
今頃になって、そんな当たり前のことに気づくとは……。
色々と思うことはあるし語りたいこともあるが、じゃれつく妹が満足するまで付き合うことが俺がいま優先すべきこと。それが兄の務めというものだ。
「ミーナお前、それ。イメリアに教わっただろ……?」
「あっはい、正解です。さすがは兄さんです。イメリアが言うには、これをすればイチコロだそうです。なので、兄さんわたくしのお願い訊いてくれますよね?」
「前向きに検討させていただくとしよう」
「兄さん……それ絶対にやらないやつですよね?」
ミーナは頬を膨らませて不満を漏らす。
学園生徒を統括する生徒会長の姿とルーク・ランカードの妹としての姿。
どちらも同じミーナのはずなのに、これほどまでに雰囲気がガラリと変わるものなのか。
感情を一切見せない生徒会長verも悪くはないが、やっぱりこの愛くるしい妹verのほうが肩に力が入らなくて楽だ。
それはそうと、知らなかったとはいえ実の妹に見惚れていたとか、絶対に本人に悟られないようにしないと。ミーナから軽蔑の目で見られようものなら、マジで耐えられないかもしれない。
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