20-5 胃袋掌握
生徒会長が用意した夕飯に舌鼓を打つ。
献立は、豆腐とわかめの味噌汁に、銀ダラの煮つけ、タコの酢の物、そして炊き立てのご飯。
それだけでも十分だというのに、そこからさらに次々と止めどなく料理が運ばれる。
天ぷらに唐揚げ、豚のしょうが焼きといった白米が進むものから、ナスの煮びたし、ホウレン草の胡麻和えなどの箸休め。最終的には20品を優に超える料理がテーブルに並んだ。
どの料理も絶品だった――食べれば食べるほど食欲が増す、腹が減るというのは、本当にあるらしい。
10人前はあるであろう料理を、ほとんど俺と莉緒の二人だけで平らげてしまった。
もうここまでくると、和食だからという云々かんぬんは通用しない。
揚げ物も普通にラインナップに入っているし、この時間帯での暴飲暴食自体が完全にギルティー。
腹八分目どころか腹十二分目ぐらいまできているが、それでもまだ目の前に料理を出されれば、箸を付けようとするかもしれない。
それほどまでに彼女の料理は魅力的なものだった。
生徒会長はともかく、俺もかなりの量を食べたが、その俺の食べっぷりが霞むほど莉緒の勢いは凄まじかった。休憩階層で弁当を一個食べて、客室でペストリーを10個近く食していたのが、ウソのような食欲。
彼女の胃は宇宙とつながっている――そう思わなければ、現実を受け入れられそうになかった。
明日は食べ過ぎで全身がむくんでいるかもしれない。だが、そんな些細なこと気にもならないほど、俺はいま充実感に満ち溢れている。
ついでにいうと、生徒会長に抱いていた警戒心は味噌汁に口を付けた刹那に丸めてゴミ箱にポイしている。
『胃を掴まれたら終わり』
俺もまた食いしん坊と同じく生徒会長の術中にまんまとハマってしまったようだ。
仕方がないじゃないか、どれも俺好みの味付けになっていたのだから。そりゃ、箸を止めろっていわれても無理ってもんよ。
「ごちそうさまでした。他人様に作ってもらうご飯がこんなに美味いとは……」
「ぐぬぬ……あた、あたしだって……みてなさいよ、の前に、ごちそうさまでしたぁ!!」
「お粗末様でした」
後片付けをする彼女を横目に、莉緒はうつらうつらと頭が揺れ出した。
血糖値スパイクにより、待ってましたとばかりに睡魔が襲ってきたようだ。
時間差で俺にも、その甘露な誘惑が訪れる。
微睡みかけているなかで振り子時計に目を向ける。
あと数分で明くる日を迎えようとしている、このまま身を任せて眠りにつくのも悪くないのだが、その前に汗を流してからにしたい。特に横で目蓋を閉じようとしているあいつをこのまま眠らせるのはマズい。
一応、あれでも生物学の上では女性なわけだし、風呂に入れさせてから寝かせたい。というか、いまから俺は、こいつを家に連れ帰らないといけないんだよな……えっ、しんど。
「……このままだと、ちとヤバそうだ。久々にあれすっかな……正気の目覚め……おっし、眠気は飛んだな」
正気の目覚めとは、自身に喝を入れることで、一部の状態異常を回復または無効にする技能。睡眠以外にも混乱、魅了などにも効果があるらしいが、俺は眠気覚ましにしか使ったことがないため、どの程度まで効果があるのかは不明。
あちらの世界で、眠りに誘い食らう魔物と対峙した際に習得した技能。その一戦以降、極力使わないように心がけていた、ある意味いわく付きの技能でもある。
あまり使い過ぎると、その無効にした状態異常ごとの弱体化が発生する。睡眠の場合だと、そこそこ重度の睡眠障害が発生する。しかも、その弱体化は時間経過でしか治らないため、言葉以上に辛い。
莉緒にもこの技能をかけてやりたいところではあるが、残念ながら他者には効果が及ばない。
「さてと、眠気もなくなったことだし……もう帰るか」
この時の俺は満腹感等により、ここに来た本来の目的を自分でもビックリするほど忘れていた。
生徒会長の手料理を心ゆくまで味わう。信者なら血涙するほど羨ましい体験、そのことで頭が一杯だった。
大丈夫だよな、俺。明日、学園でいきなり背後から刺されたりしないよな……。
ガクンッ――。
お暇しようと思った矢先、あのぬいぐるみを思い起こすようなエグい角度で、莉緒の首がだらりと垂れる。
夢の世界に堕ちる一歩手前、このまま何の手も打たずに放置すると、1分も経たずにスヤーとなるだろう。
「良ければ、わたくしがお手伝いいたしましょうか?」
生徒会長は対面に腰かけ、俺の眼を真っすぐ見据えて訊いてくる。
「……うお!?」
その瞬き一つしない無表情な問いかけよりも、俺が心底恐怖し一驚のは気配なくそこに座っていたことだ。
生徒会室で体験した瞬間移動を思わせる移動術、何度経験してもキモが冷える。今回はさらに信じがたい光景が上乗せされていた。
10人以上が余裕をもって座れるアンティーク調の長テーブル。全長5メートルはあるであろうリフェクトリーテーブルにかかっていたテーブルクロスが交換されていたのだ。
(ずっと座っていたってのに、気づかなかった……)
その人知を超えた能力を再認識したおかげで、ここに来た目的を思い出すことができた。
「……その前に、そろそろ教えてくれないか? あんた一体誰だ? できれば即答してもらえると助かる。莉緒のやつ、もうすでにカウントダウンに突入しているからさ」
「まだお気づきにならないとは……わたくしは、あなたがこの世界に来た瞬間から気づいていたというのに……」
「はっ? えっ? なにそのストーカー宣言、普通に怖いんだけど!? じゃなくてえぇぇ!!!」
「はぁ…………仕方ありませんね。お答えいたしましょう。わたくしは――」
ドが付くほど長いため息を吐いたのち、彼女は自身が何者なのか吐露した。
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