20-3 湾曲呪文
生徒会長、俺、莉緒の順番で夜道を歩く。
莉緒だけでも家に帰そうと思ったが、彼女の鋼鉄を意志を縦に振ることは最後まで叶わなかった。
『凪が行くならあたしも行く! 絶ぇっ対ぃについて行く!!』
このままだと、またあのなだめる作業を行わなければならない。そんな最悪な予感がしたので、やむなく彼女の同行を許した。
また同行について生徒会長は特に何も言わなかった。それどころか、彼女に対して何の反応も示さなかった。やはり最初から居ないものとして扱われているようだ。
幾度となく通った見覚えしかない街路。目を閉じても完璧に目的地に辿り着けそうなほど、脳裏に深く刻まれたルート。
先頭の行く生徒会長は黙々とただ足を動かす。
左右に揺れる銀髪に導かれるように、ただ彼女のあとについていく。
夜道を三人揃って歩くこと、約5分――案内人は、とある場所でピタリと足を止めた。
「着きました」
「……えっ、本当にここ?」
「なになに凪どうしたの……マ?」
俺と莉緒は顔を見合わせて首をひねる。その後も、何度か確認をとってみたが、生徒会長は同様の文言を繰り返すばかりで、そこから一歩も動こうとしない。
本当にここが生徒会長のご自宅であっているらしい。
そこは桜川凪の祖父の道場があった場所、この世界においては空き地。
そこには何もない、ただ雑草が生い茂っているだけで人工物の一つも建っていない。見まごうことなく空き地であった。
神妙な面持ちといい、一切変化のない声音といい、きっと彼女は本心で言っている。
呼び出しからの抱擁という衝撃的な出会いが始まりな上に、その交流期間もこの移動時間程度のわずかなものだったが、それでも生徒会長はウソをついていない。
騙してはいないと信じることができる。断ってはおくが俺は彼女の信者ではない。
「……ああ、そうでした。わたくしとしたことが、歓喜のあまり認識阻害をかけていたのを失念してました。では、あなたにも見えるように解除しますね。少し離れていてくださいますか?」
「解除……? 分かった、ほら莉緒も下がるぞ」
「うん……てか、歓喜のあまりってなに!?」
俺達が三歩ほど後ろに下がったタイミングで、生徒会長は「始めます」と一言いうと、おもむろに空き地に向かって手をかざす。
「……虚ろなる空間よ、その姿をかの者に示せ……蜃気楼」
空き地全体を囲うように不明瞭な靄がかかる。目を凝らしてみると、薄っすらながら建物らしきシルエットが見える。
次第に靄が消えていくと、今度はゆらゆらと揺らめく半透明な古屋敷が目に入った。
その揺らめきも徐々に収まっていくと、その古屋敷は不透明なものへと変化していった。
最後には、ずっと昔からそこに建っていたかのように具現した。
生徒会長は踵を軸にしてクルリと振り返る。
「どうでしょう、ランカード君。これで見えますか?」
「ああバッチリ……」
「ねぇ凪……こ、これって? もしかして?」
「ああ呪文だ。それも俺を騙せるほど上位なものとはね……しかも……」
「これが呪文……あたし、はじめて見たわ」
「だろうな。俺もはじめて見た」
生徒会長が歌うように口ずさんだ言葉の羅列。その時点で、それが詠唱だとすぐにピンときたが、まさか本当にこの目で拝めるとは思いもしなかった。
モドキじゃない――正真正銘、本物の呪文を。
指定した空間そのものを歪ませることで、そこにあるものを隠蔽し他者に見えなくする呪文。
彼女はこれを認識阻害と言っていたが、これはそんな下位な呪文じゃない。あの空間に隠蔽されている限り、どんな干渉も受け付けないとされる湾曲呪文。蜃気楼という名前のせいで勘違いされやすいが、これは王国に仕える王宮魔術師、最高峰の魔術師が数人係でやっと発動できる最上位の呪文だ。
この類の呪文は発動するだけでも莫大な精命力を消費する上に、解除するのにもまた相当の精命力を消費する。展開し続けるとなると、さらに追加で維持コストまで支払わなければならない。
生徒会長はそれをたったひとりで、いとも簡単に行った。しかも、疲れた様子もなく平然としている。
あの驚異的な身体能力だけじゃなく、蟒蛇のように底の知れない精命力までも備えた傑物。
勇者、魔王――それらと同列に語られる存在、まことしやかに囁かれる賢者を彷彿とさせる。
「……生徒会長、あんた一体何者?」
「立ち話もなんですし、さあどうぞランカード君、お入りください。きっと気に入っていただけますよ」
生徒会長は薄笑いを浮かべ開扉し中に入るように勧める。
「…………」
毒を食らわば皿まで――よし、行くとしよう。
俺のあとを追うように莉緒も洋館に足を踏み入れる。
「お邪魔しま~す。で、いつまであたし、蚊帳の外なの……」
そんなボヤキが背後から聞こえた気がした。
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