20-2 甘言招待
許可証をスキャンして扉を通り抜けたところで、俺達を労う言葉が聞こえた。
その脳内に浸透するような声に聞き覚えがあった。つい先ほど一部例外と認定した人物。
「夜遅くまでお疲れさまです。ランカード君…………と、彼我結さん」
「……あー、お疲れ様です。で、なんであなたがここにいるんですか?」
「おつかれさまです……生徒会長……」
声が聞こえたほうに向かって言葉を返す。莉緒はばつが悪いようで、どこかよそよそしい感じで挨拶をしている。
先ほど通過した扉の影から生徒会長が姿を現す。
陽光に照らされた彼女を見た時は、女神のような神々しさを感じた。太陽も沈み薄暗い街灯しか明かりがない現状においても、その時抱いた感情は1ミリも変わらなかった。
瞬きするのも不敬だと思わせる、神秘的な雰囲気、目を奪われる感覚。
ドスッ!?
その打撃音とともに横腹に激痛が走る。
身体をくの字に曲げつつ痛みを覚えた方向に視線を向けると、ハイライトの消えた瞳でこちらを見つめる莉緒の姿があった。
なぜ、なんで、という疑問が脳内を駆け巡る。
何か莉緒の逆鱗に触れるようなことをしたのだろうか。いつどこでどのタイミングで猛獣の尻尾を踏み抜いてしまったのか、全くもって見当がつかない。
それよりも脇腹に食らったこの一撃、掌底で拳を押し込むことで格段に威力を向上させる肘打ち。
俺はこの技を知っている、この技は――。
「……ごふ……お、お前……なんでその技を……」
「なんでって、そんなのあたしも一応、あっちでは門下生だったんだし、できて当たり前じゃん!」
「だって、お前……桜川凪の記憶しか引き継いでないって、そう言ってなかったか?」
「あーそのこと? 一緒にあんたとやったことはひと通り覚えてるわよ」
「な、るほど……!?」
そんなやり取りを目の前で見せられているにもかかわらず、生徒会長は意に介さず淡々と言葉を紡ぐ。
「それはもちろん、あなたを待っていたからに決まっているじゃないですか」
「凪のあと、変な間があったけど、やっぱ気のせいじゃなかったのね……」
隣の狂戦士はポツリとそう呟く。ちゃんと相手に聞こえる程度の声量で。
莉緒は恐ろしい速度で元に戻っていた。こっちはお前のせいで冷や汗が止まらないってのに。
生徒会長はというと、その嫌味を華麗に聞き流し待ち伏せしていた理由を口にする。
その突拍子もない内容に俺は耳を疑った。先ほどまでの痛みがウソのように消え失せた。精神が肉体を凌駕した瞬間である。
「あなたをわたくしの家に招待いたします。さぁ参りましょう、ランカード君」
生徒会長は、その陶器のような白い手を招待客に向けて差し伸べる。
確実に視界に入っているはずなのに、莉緒はここに居ない者として扱われているようだ。
「……えっ、いやご遠慮します。俺はこいつを世話しないといけないんで……」
「そうよ、凪はあたしの世話をするので忙しいの!」
「お前……それ胸張って言うことじゃねぇよ……」
学園の生徒なら感涙しそうな生徒会長様直々のお誘いだが、諸々危険な気がするので辞退する。
今朝のことといい、こんな時間まで俺が出て来るのをずっと待っていたというのも怪しすぎる。
絶対に何か裏があるはず、あえてその見え透いた罠にかかるというのも手ではあるが、莉緒にも被害が及ぶ可能性がある。
心の内が1ミリも分からない謎めいた人物を相手にする以上、迂闊なことはできない。
「あら……断れてしまいました。ですが、ランカード君。元よりあなたに選択肢はないのですよ? だって、あなたは知りたいのでしょう?」
「……一体、俺がなにを知りたいと?」
「誰がスクールバッグを用意したとか、ですかね」
「なる……ほど……」
「わたくしの招待を受けていただけますか?」
引っ込めさせたはずの手がもう一度、俺に向かって差し伸べられる。
その甘言を拒むことは無理そうだ。莉緒もまたその言葉の意味を理解しているようで、こちらを見て静かにうなずいている。
虎穴に入らずんば虎子を得ず――。
俺はその手を取り「あぁ喜んで……」と答えるのであった。
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