19-1 休憩階層
その後、俺と莉緒は破竹の勢いでダンジョンを突き進み、気づけば1時間足らずで53階層まで踏破していた。49階層の時と同様に俺は何もしていない。正確にいえば、作戦を練ったり助言の一つもしていないので、その時以上に本当に何にもしていない。
俺が行ったことといえば、勇猛な彼女の背をただひたすら追いかけていただけだ。
莉緒の邪魔にならないように一定の距離を保ち、その行動を終始観察する。
良くいえば、子供がひとりでおつかいをするのを遠目から見守る親御さん。
悪くいえば、女子高生にストーカー行為をはたらく不審者といったところだろうか。
もちろん俺は前者――天真爛漫な女児に目を配る保護者的な立場である。
「ねぇ凪ぃ~! あたしのスムージーまだぁ~?」
ベランダから催促する声が聞こえる。
「もう少しで出来上がるから大人しくそこで待ってろ」
適当に選んだ野菜や果物、氷をミキサーに放り込み蓋を閉めてボタンを押す。
ミキサーは振動させながら具材をカッターで切り刻み、次々と個体だったものを液体へと変化させていく。
ひと通り塊が無くなったところで蓋を開けて、コップにスムージーを注ぎ込む。
ドロリと粘度のある黄緑色の液体がコップを満たしたところで、最後にストローをぶっ刺して完成。
「は~あ、それにしてもダンジョンにこんな場所があるなんて知らなかったわ」
「俺もこの世界で、ここに訪れることになるとは予想してなかったな。ほい、おまちどうさん!」
「ではでは早速……う~ん、美味っしい! ねえ凪、この階層も学園に報告するのよねぇ~?」
ゆらりゆらりとハンモックに揺られながら、スムージーを片手に莉緒は不敵に笑みをこぼす。
その表情からは『新しい遊び場を独り占めしたい』という感情が読み取れる。
その気持ちは分からんでもないが、ダンジョンはある意味、公共の場でもある。許可証さえあれば、誰でも自由に出入りができる。それ以前に、そもそも指定した階層を封鎖するような仕様はない。
「……お前の言いたいことは分からんでもないが、どうせ黙っていたところで秒でバレるぞ?」
「はぁ~あ、やっぱそうよねぇ~。ほんと、ほんと残念だわ。はぁ……ズズズ……」
莉緒はそう言うと身体を90度傾けて外の景色を眺めはじめた。
姿勢を変えるたびに、スカートがハンモックに引っかかり下着が丸見えなのだが、こいつはそれを気にしないどころか一向に直そうともしない。
というか、その制服を洗濯したりアイロンをかけるのは誰だと思っている。
「はぁ、本当に残念だよな……」
「そうよねぇ……ズズズ……」
お前のことじゃい! とツッコミを入れそうになったが、グッとこらえてミキサーを洗いにキッチンに戻る。
(やっと、いつものあいつに戻ったってのに、ここで小言を言うのは違うな。今日は、あいつの好きなようにさせてやるか……)
53階層は、穏やかな気候の牧草地で、中央には大きな湖畔が広がっている。風車に厩舎、家屋といった建造物が、その湖畔を囲むように建っている。
陽光に照らされた水面はキラキラと輝き、風車の風音が涼風に乗って吹き抜ける。
各建造物は無人にも関わらず、ホコリは積もっておらず隅の隅まで掃除が行き届いている。
また点在する家屋には各種家具が完備されている。ミミックなどの魔物が偽装し罠を張っているかと疑いたくなるところだが、そういったこともない。しかも、冷蔵庫などに入っている食糧は好きに使っていいという太っ腹仕様。ただし、その場で消費する場合に限る。
俺達は、その数ある家屋の一軒に滞在しているというわけだ。
人っ子一人どころか家畜の一匹もいないのは少々不気味ではあるが、魔物に襲われる心配をせずに休める。精神と肉体をすり減らしながら、先を目指す冒険者にとって、それがどれほどの癒しになったかは言うまでもない。
ここがダンジョンだと忘れてしまいそうなほど、人間にとって心地よく長期間滞在したいと思わせる、異質な階層。
ダンジョンでは時折、魔物が存在しない階層を見かけることがある。
なぜこういった階層が創り出されるのか、どうして排除すべき侵入者を癒そうとするのか、それらの理由は判明していないが、ただ生成される条件だけは証明されている。
ダンジョンの最深部が60階層以上の場合にのみ、この休憩階層は生成される。異世界において、それは大型に分類される危険度MAXの高難易度ダンジョンである。
とはいっても、今のところそれほど脅威には感じていない。階層を下るごとに魔物が強くなっていくのがダンジョンのルールだが、ここのダンジョンは異世界に比べて幾分も緩やか。魔物の強化度合いを体感的にいうならば、こちらの5階層分が、あちらの1階層に相当する。
いきなり魔物の強化度合いが変化するなど、異常事態が起こらない限りは気にする必要はなさそうだ。今まで数多くのダンジョンを潜った経験からいえば、そんなこと一度たりとも発生したことがないので、心配するだけ無駄かもしれない。
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