18-3 声色変化
ボスが消滅しゲートが開放されてからすでに10分近く経過したが、俺達は未だに49階層に留まっていた。というのも、莉緒があれからまだ再起動していない。ずっと俯いたままあの時の状態を維持している。
莉緒の気が済むまで付き添ってあげたいところだが、そうも言っていられないのが辛いところだ。
晩ご飯やら風呂やらもそうだが、明日も普通に平日なことを考えると、引き続きダンジョンに挑み次の階層を目指すのか、それとも今日はここまでにして引き返すのか、そろそろ選んで欲しいところではある。
(でも、それをいま言えるような雰囲気じゃないよな。だが、このままだと埒が明かないし……)
平日ということは、いつもの日課が待ち構えている。眠り姫を目覚めさせるという、あの引継業務を行わなければならない。初回20分クリアを目指すとか、ほざいて粋がっていた、あの頃がとても懐かしく思える。
あれから2週間が経ったいまでも、俺はまだ一度も20分を切っていない。それどころか、俺のベストタイムは34分21秒である。ついでにいうと記念すべき初回は42分16秒。また平均値としては大体35分あたりとなる。
引継業務に要する時間が一向に短縮されないので、俺は相も変わらず朝6時に起床しているが、それらから解放される日が存在する。それが学園に行かなくて良い日、休日である。
明日が休日だったら、これほど悩まずに済んだというのに、どうして明日は休みじゃないんだよ。
そんなこんなで自分のためあいつのためにも、俺は心を鬼にして訊かねばならない――。
覚悟を決めろ、ルーク・凪・ランカード。
振り返ることも言葉を発することもなく、ただただ一点を見つめている彼女に、俺は恐る恐る背後から声をかける。
「……あのさ、時間的にはまだ余裕あるけど、どうする? あんま調子、良くなさそうだし、さ……今日はこれぐらいで止めておくか?」
「…………」
「お前の気持ちも分からなくもないが、まずはどうするか決めようぜ? な?」
「…………」
俺の声は聴こえてはいるようだが、特にこれといった反応はない。
とある湿地帯で何度か見たことがある光景がふと脳裏に浮かぶ。高温多湿を好む巨大な爬虫類の見た目をした魔物バジリスク。そのバジリスクの体液には生物を石化させる成分を含んでいる。一滴でも身体に付着すれば、そこからじわじわと全身に広がり晴れて石像の仲間入りである。
莉緒が石像のように固まっているのを見てつい思い出してしまった。
(バジリスク以外にもヒルとかもいたし、あの沼地マジで最悪だった……)
シリアスというか、寄り添うように話しかけるよりも、いまは明るく陽気な感じで接したほうが存外まだマシかもしれない。
性格的にそんな陽キャムーブをするのは、似合わないし精神に結構クルものもあるが致し方あるまい。まあそれでも別人格を降ろすのには慣れている。伊達に勇者業のために謎ポエマーを演じ続けていたわけではない。
莉緒のためというのもあるが、もちろんそれだけではない。
沼地での体験を思い出して、軽く沈んでしまった気分をリフレッシュする目的もある。
気分一新するための方法としては、これもまたかなり使い勝手がいい。
例の感情爆発奥義も併用すれば、大抵のことはどうとでもなる。
さて、やるとしよう。イメージは……あっ、目の前にちょうど参考になるやつがいるじゃんか。
裏声寸前の声色、それに必要以上に抑揚を付加して俺なりの陽キャを演じる。
「えっとぉ~、聴こえてますか~? もしも~し?」
なんかギャルっぽいというよりも、あざとい女子っぽくなってしまった。
莉緒にどう聴こえているのかは不明だが、それでもはじめてやったにしては、結構クオリティは高いのではないか。
新しいキャラが追加されました――。
これがゲームであったのなら、そんなアナウンスが実績解除とともに流れていたことだろう。
俺の声が耳に入るとすぐに莉緒は反応を示した。彼女は即座にその場で振り返ると、双眼をキョロキョロと動かして、声の主を探す素振りをみせる。
「…………うん? うんうんうん? ねぇ凪? あたしたち以外に誰かいる?」
「なに言ってんだ? 俺ら以外にいるわけないだろ?」
虚無ってたとはいえ莉緒を騙せたってことは、俺の演技力も捨てたもんじゃないのかも。
勇者時代に色々な感情を押し殺してまで技術を磨きまくった甲斐があるってもんだ。
「そうよね……あたしの勘違い、よね……あれ? サイクロプスは?」
「サイクロプスはお前が手に持っている剣で倒しただろ」
「……そ、そうだったわね。あっ、あはは……なんかあんまり覚えてないのよね。あーあ、ほんと勿体ないことしたわ。 さ、次行くわよ! 次! もう何体かとやり合わないと、この気持ちは晴れそうにないわ!」
「あー、そうか。まあ元気になったんなら、それでいいや」
遊び足りないという心底を表すかのように莉緒は、鼻歌まじりにブンブンと剣を振り回し、スキップを踏みながらゲートを通過する。
消えゆく彼女の姿を視界に収めつつも頭の中では、とあることに思考を巡らせていた。
一瞬で正気を取り戻すことに成功した、あの声色を引継業務に利用すれば、かなりの時間短縮になるんじゃないか。もしかしたら、念願の20分を切ることも夢じゃないかもしれない。そうと決まれば、早速明日にでも試してみるとしよう。
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