17-1 不慣距離
破壊者が引き戸を蹴破り生徒会室に突撃訪問してから時は過ぎて、残すは終礼のみとなっていた。
特にこれといった連絡事項もないらしく、担任の今継先生はチャイムが鳴る数分前から「何にもないぞ」と、何度もうわごとのように呟いている。
キーンコーンカーンコーン――。
チャイムが鳴り終礼が始まると、すぐに今継先生は「道草せずにさっさと帰れよ」と言い残して教室を出て行った。
呆気にとられる俺をよそに級友らは慣れた様子で、挨拶を交わしては一人また一人と先行き担任を追うように教室をあとにする。
1年E組は担任が今継先生ということもあってか、彼女のさっぱりとした性格を色濃く受け継いでいるらしい。いや、教育がよく行き届いていると言ったほうが正しいかもしれない。
彼らのこういった行動を見るたびに課外授業のことを思い出す。
今継先生が号令をかけた途端、校庭に集まった生徒がピタリと私語を止め、足並みを揃えてダンジョンに向けて行軍を開始する。
あれからまだ二週間ほどしか経っていないというのに、遠い昔の出来事のように感じる。
数秒にも満たない短時間で、教室に残っているのはわずか2人のみとなった。
説明不要かもしれないが、その2人とは俺と莉緒のことだ。
この何とも言い難い張り詰めた空気を助長するかのように、窓外から見える町並みはオレンジ色に染まり始めている。
彼女とはあれから一言も一音も口をきいていない。
それどころか疎遠時代に近しい行動をとられ続けている。
懐かしい感覚であり、当時の桜川凪はそれを是としていた。
この世界で彼女を教室で発見した時も、あまり関わらないようにと心がけていた。
だから、これを機にまたそうなったとしても、問題ないと思っていたがどうやらそうでもないらしい。
そんな未来を想像するだけで、心拍数が上がり喉が渇き嫌な汗をかく。
そこから導き出される答え……いまのルークは、そうなることを望んでいないようだ。
あれほど自分から自立してほしいと願っていたくせに、自分自身でもこの心境の変化に驚倒している。
付かず離れずの微妙な位置、莉緒は斜め横の席に座り一言も発さず顔を背けている。
彼女が何に対して怒っているのかは分からないが、怒った彼女をなだめる方法は心得ているつもりだ。
(伊達に近くで彼女を見てきたわけじゃないことを証明してやる……)
自分にそう言い聞かせると、廊下に視線を向ける彼女に恐る恐る声をかける。
「なあみんなも帰ったことだし、俺達もダンジョンに行かないか?」
「…………」
こちらに振り返ることも返答も無い。恐ろしいまでに無反応。
「あの……このままってのも時間がもったいないし、ほら? 日課のダンジョン探索の時間も減るし、な?」
「…………」
一瞬ピクリと肩が揺れただけで、それ以上の反応は示さない。だが、反応したということは好転する兆しが見えたということ。あとは、そこを重点的に攻めていけばこの状況を打開できる。
「あー、次は49階層だったっけ? 莉緒も十二分に強くなったことだし、今回のボスは莉緒ひとりに任せようかな。あっ、そうなると初の単独撃破となるのか? じゃあ、盛大にお祝いしないといけないな~」
肩どころか上体ごと激しく左右に揺れたかと思えば、その反動を器用に活かして席を立ち、その足で血走った眼で俺のもとに駆け寄ってきた。
効果は抜群、弱点特攻。俺が繰り出した一手は自分が予想していた以上に、彼女の心に深く突き刺さったようだ。
「なにぼさっとしてるのよ、凪! さっさとダンジョン行くわよ!!」
鼻息荒く俺の腕を掴むと、今朝方ぶりにまた強引に教室から連れ出される。
生徒会長に拘束されていた俺を引き剥がした、あの神がかった豪腕をこんな短期間にもう一度、体験することになるとは夢にも思わなかった。
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