16-4 賢者時間
今度は正面から抱き着かれているようだ。これは困った、非常に困った。
消滅せし足音は視認した場所に瞬間移動できる技能。
つまり、視覚を遮られてしまうと条件を満たせず不発となる。
この拘束方法により、天に召されそうになったことがあるというのに何の対策も講じていない。
まさか莉緒と同様の手段を用いて封じて来る女性がいるなんて予想できるわけがない。
しかも、その相手が生徒会長ともなれば尚更だ。
力尽くで逃げ出そうと思えばできなくもないが、それを実行に移した場合、生徒会長に危害を加えたとして、俺は処罰されるだろう。
だからといって、何の手も打たずに拘束されたままというのもかなり危うい。施錠されているとはいえ万が一にでも、この状況を誰かに見られようものなら、弁解の余地なし即ゲームオーバー。
どちらのルートに進んだとしても、確実に俺の学園生活は終焉を迎えることになる。
(……あれ? これ詰んでね?)
現状を俯瞰的に見たことで、なんか一周まわって逆に気が楽になってきた。
背後を取られた時も視界から消えた時も、彼女は技能、呪文そのどちらも発動した気配がなかった。
どちらも最低条件として発声、技能名または詠唱しなければならない。いくら声量を抑えて蚊の鳴くような声を出したとしても、閉鎖空間で尚且つ無音という状況下において俺が聞き逃すはずがない。
そこから導き出される答えは一つしかない。
彼女は身体一つ、ただ純粋に身体能力だけを行使しただけ。先の施錠も同様だろう、俺が目を逸らした一瞬を狙い、目も留まらぬ速さで移動し引き戸を閉めて施錠して元の場所に戻った。
瞬間移動とほぼ変わらぬ速度でだ。
生徒会長は学園における教育方針から逸脱した異質な存在。この同族的な雰囲気は、騎士タイプではなく完全に冒険者タイプのそれである。
あの時、既視感を覚えたのもそれが理由かもしれない。
(全生徒の頂点に位置する生徒会長様が、まさかの同胞とはね……てか、俺や魔王をも凌駕する速さか……この人、本当に人間か?)
いつしか彼女の容姿よりもその人知を超えた技量に関心が移り、あれほど誘惑から逃れようと必死だったのがウソのように、冷静に物事を考えられるようになっていた。
その冷静さを具体的に説明するならば、後頭部に当たっていた柔らかい感触が顔面を覆いつくしていたとしても、継続的に左右の耳から吐息混じりな自律感覚絶頂反応が聞こえてこようとも、気にも留めない程度には平常心を保てている。
これが噂に聞く賢者タイムというやつだろうか。
莉緒の時のような窒息死を促す力強い抱擁ではないため、目の前は依然として真っ暗だが問題なく呼吸はできている。隙間があるということは、会話による交渉もまた可能ということだ。
まずは解放してもらうことが先決、その次がここに来た本来の目的、俺が呼び出された理由。この順番で事を進めるとしよう。
(交渉が上手くいったら……ついでに、なんで抱き着いてきたのか、その理由も訊ねてみるか……)
いざ交渉開始というタイミングで、前方からガシャガシャという音が聞こえた。その音は徐々に大きく激しさを増していく。
目隠し状態のため確認はできないが、音から察するに誰かが引き戸をこじ開けようとしている。
「あの生徒会長? 誰か来たみたいですけど?」
「誰もここに来ることはありません。わたくしが先ほどそう決めました」
「……うん? いやでも実際、誰か来てますよね?」
「…………わたくしには何も聞こえません。ルーク・ランカードあなたの勘違いではありませんか?」
ガシャガシャガシャガシャ。
ガンガンガン、ドンドンドン。
「えっ……この騒音が? 勘違い? そんなバカなことがあ、る!?」
ドゴォ――――ン!!!!
俺の言葉を遮るように轟音が鳴り響く。
即座に理解した、引き戸が破壊されたのだと。
「遅いから心配になって見に来たら……なに抱き着いてんよ! この、このぉバカ凪があぁぁぁぁ!!!」
即座に理解した、その破壊者が彼我結莉緒であると。
そして――再認識した、彼女もまたこっち側の人間であったと。
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