14-3 引継業務
余った時間で晩ご飯の下ごしらえに励んでいたら、あっという間に業務開始時刻の朝7時を迎えた。
「さてと、眠り姫を起こすに行きますか」
学園まで徒歩10分ということを考えれば、起床時間としてはかなり早い部類に入るだろう。
今回は初回ということもあり、1時間ほど余裕をもって業務にあたることにした。
起床時間に関しては、起きるまでにかかった時間を記録していき、最終的にはベストな時間を算出しようと思っている。
下準備を終えた食材は冷蔵庫にしまい、使用した調理器具は洗浄してから定位置に戻す。コンロの火を止めたのち、全開にしていた窓を閉める。
莉緒の部屋は2階にあるため俺が起こしに行っている間、リビングはがら空きになってしまう。大丈夫だとは思うが、用心にこしたことはない。
階段を上がってすぐの部屋が莉緒の部屋だ。廊下奥には左右対称の部屋があり、左手側は両親の寝室で、右手側が物置部屋となっている。
俺は莉緒の部屋前で立ち止まり自分で言うのもおかしな話だが、珍しく緊張していた。
この家に世話になるようになってから、一度も俺は莉緒の部屋に入っていない。それどころか2階にすら一度も足を踏み込んでいない。子供の頃は実家のように入り浸っていたのがウソのようだ。
別に遠慮しているとかいうわけではないのだが、なぜだが足が向かないのだ。
反響する調べで、部屋の外から彼女が起床しているか確認できれば良いのだが、残念ながらこの技能は魔物にしか対応していないため、人間が居たとしても一切反応しない。
それどころか説明文では『索敵』と書かれているのに、まさかの魔族も対象外のため魔王城に近づくにつれて使用率も段々と減っていき、ダンジョンにようがなくなった終盤ともなると、完全にその役目を終えた悲しき技能である。
「こんなことで時間を労している場合じゃないよな……」
軽く息を吐いてからスナップを利かせて3回ドアをノックしてみるが反応は無し。
今度はドアノックに加えて、大声で起きるように促すがやはりこちらも無反応。
それらを交互に行うこと十数回、一度も前方のドアが開くことはなかった。
この程度で彼女がすんなりと目を覚ますのであれば、おばさんも俺も苦労などしていない。
こうなれば最終手段、おばさん直伝の目覚し方を解放するしかない。
その目覚し方とは、今昔から変わらぬ原始的な方法。金属同士を叩き合わせて大声を出す、時たま身体を揺さぶってはまた同様の行為を繰り返す。
「おばさんほど上手くはないが、初回だし20分以内のクリアを目指して頑張ってみるとしよう。さてと、莉緒ちょっと部屋に入るぞ!」
絶賛、夢の中で何にも聞こえてはいないだろうけど、礼儀として一声かけてから彼女の部屋に入る。
その足で点灯ボタンを押して人工光で部屋を照らし、閉め切ったカーテンを全開し自然光を呼び込む。
莉緒は顔面に二重光を浴びせられているにもかかわらず、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている。
寝起きについては言うまでも無いが、彼女は寝相のほうもそこそこ悪い。
掛け布団を蹴り飛ばすどころか寝る前と頭の向きが180度変わっていたりする。そのくせ一度もベッドから転げ落ちたところを見たことがない。なんかもう逆に器用だなと関心してしまうレベルである。
「――まだ確信するべきではない、か」
この世界に来てから寝ている莉緒を見るのはこれで二度目となるが、そのどちらともお行儀よく眠っている。一度だけならまだしも二度目もとなると、もしかしたら彼女の寝相はマシになっている? 三つ子の魂百までというし、まだ信用するには早すぎるか。
彼女の部屋に入るのは、異世界を含めると約20年ぶりとなる。
内装はあの頃とほとんど変わっておらず、俺の知っているメルヘンというかファンシーな部屋のままだった。
かのマスコットのぬいぐるみにアクスタといった彼女の好きなもので部屋は埋め尽くされていた。
部屋の一角には同商品の缶バッジが円状に幾重にも重なり、あたかも元から一つの缶バッジだったかのように堂々と鎮座している。
「あれが祭壇ってやつか。俺には、同じ缶バッジを集める理由がいまいち分からん……」
莉緒を起こすためとはいえ無断で女性の部屋に入り寝顔を見たりと、多少の後ろめたさを覚えていたのだが、とあるグッズが視界に入ったことでその感情はスンと消えた。
ベッドの右奥に昨日プレゼントしたぬいぐるみが壁にもたれかかっていた。
作中に登場するシガワラルを忠実に再現したとされる、全長140センチもある等身大ぬいぐるみ。
数量限定な上に定価10万円という高額。当時、小学生だった俺達では気軽に購入できる代物ではなかった。
例えお金を用意できたとしても販売開始して1分も経たずに完売していたので、どちらにしても手に入れることは叶わなかっただろう。
一度も再販されることがなかったため、数年後にはプレミアがつき定価の3倍以上で取引されるまでになっていた。
そんな希少なぬいぐるみが壁に叩きつけられ、2頭身にもかかわらず首が千切れ落ちたかと錯覚するほどガクンと項垂れている。飛び跳ねて喜んでいた贈り物に対してとは到底思えない惨い所業である。
「冗談はそれぐらいにしておいて、執行しますかな……」
状況から推測するにぬいぐるみは、抱き枕して使われていたようだが暑苦しくなって蹴り飛ばされた、そんなところだろうか。
その証拠にぬいぐるみの腹部にはクッキリと凹みが残されている。
俺は二階級特進した英雄に敬礼したのち、お手軽収納術から適当に短剣を2本取り出し刀身を叩き合わせると、キィーンという甲高い金属音が室内に鳴り響く。
奏者の耳に多大なるダメージを与えるアラーム音を奏でる。その音にかき消されないように意識しながら腹から声を出す。
それらの行動を彼女が目を覚ます、その瞬間が訪れるまで延々と続けるのであった。
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