14-2 浪漫弁当
俺達が通う星影学園はここから約1キロの距離、道草を食わなければ徒歩10分で到着する。朝支度を完了させたとしても、まだ2時間近く時間に余裕がある。
そう思いきや、実際は登校にかかる時間もろもろを考慮しても案外ギリギリだったりする。
その主な原因は、言うまでもなく2階でスヤスヤしている眠り姫にある。
昨夜、彼女はプレゼントを受け取ると、すぐさまおばさんにとある連絡をしていた。
自室に戻ることもなく、その場でいきなり通話し始めたため聞く気はなかったが、つい内容が耳に入ってしまった。
その耳を疑うような衝撃的な内容に俺は驚愕し絶望した。
なぜなら『明日から電話かけてこなくていい』と、彼女の命綱であるモーニングコールを自ら手放したからだ。
あいつが一人で起きられるはずがないのだ。このまま事が進めば明日からはおばさんに代わって、俺が業務を引き継ぐということになる。
彼女が勝手に目覚めるまで待つだけなのとはわけが違う。難易度がイージーからベリーハードぐらい違う。だが、それでもこの業務を引き継ぐ以外に選択肢がないのもまた事実。
全ての決定権は、この家の一人娘である彼我結莉緒にあるのだから――。
旅行先にいるにもかかわらず、朝日とともに起床しては娘が電話に出るまで鬼電を敢行する日々。
もう何年も同じことをしていそうだし、あまり気にも留めていないかもしれないが、それでも夫婦水入らずで旅行している間ぐらいは、リードを手放して自由になってもいいのではないか。
そんなお節介な思いもあって、彼女の我儘を二つ返事で承諾した。
先にも述べたように、もとより選択肢が一つしか存在しないのならば、潔く受け入れたほうが俺としても気が楽というものだ。
手早く朝支度を整えると、次に朝ご飯の準備に取り掛かる。
今朝の献立は、昨日晩ご飯を作る際に出た端材を使ったコンソメ風味のポトフに、トーストとグリーンサラダ。
後半二つは多少のアレンジはあれど固定、その代わり前半のスープは毎回違うものを用意するように心がけている。
今日を含めてもまだ三日目ということもあり、今のところ朝昼晩と献立で困ったことはない。
ポトフを煮込むかたわら、食器棚から大小異なる皿をそれぞれ三枚ずつ取り出す。
小皿には水気を切ったレタスやキュウリ、トマトなどを盛り付けてテーブルに並べる。
トーストを置いたりポトフをよそう用の平皿と深皿は、空のまま手が届きやすいキッチン近くに配置する。
「ああ……そうだった。今日から学食じゃなくて弁当なんだっけか」
学食で済ませてもらったほうが圧倒的にありがたいのだが、俺の意見は通らず彼女の鶴の一声で弁当に決まった。もちろんその弁当を作るのは俺である。
弁当自体は事前に作り終えているので、今から用意する必要はない。
莉緒が就寝したあと、土日の2日間をかけてひたすら弁当作りに勤しんだ。その数、なんと驚きの60食分である。一度につき2食分ずつ消費していったとしても二か月は余裕でもつ量だ。
それらの弁当は全てお手軽収納術に収納してある。亜空間内は時が止まっているので腐る心配もない。しかも、収納時の状態を維持するため常に出来立てほやほやが味わえる。
超絶便利な技能ではあるが、弁当を作っている時に気づいた仕様があった。
俺が作った弁当は全て『自家製弁当』という名称で統一されていた。弁当箱や中身を変更しても、その判定は覆らず同一扱い、自家製弁当×60的な感じで画面上に表記される。
取り出すまで何の弁当なのかも分からない、ピックアップのない通常ガチャを引いている気分だ。
それでも天井知らずのガチャではなく、重複しないパッケージガチャなだけ良心的ではあるか。
まあその在庫を管理をするのも追加するのも俺なんですがね。
「さてさて、記念すべき今日の弁当はなんでしょうかね……温玉ハンバーグ弁当とみぞれあんかけ弁当か。みぞれはともかく温玉は冷やしたところで少々不安が残るな。こっちを俺用にしとくか」
俺は自家製弁当を2個取り出すと、弁当包みをほどき蓋を開けて朝風にさらす。
昼休みに取り出せば持ち運ぶ手間もなく、あったかい状態で食べられるというのに、わざわざこんなことをしているのも、これもまた彼女の願いだからである。
そのことで理由を尋ねてみると、莉緒は胸を張ってこう言ってきた。
『そんなのお弁当じゃない。お弁当ってのはね、鞄にいれて持って行くからこそ意味があるの! このロマンが分からないなんて、凪あんたまだまだね――』
バッグに弁当の匂いがついたり、弁当箱が傾く心配をしなくてもいいしで、俺としてはいいこと尽くしだと思っていたが、どうやら彼女はそうではなかったらしい。
しかも、そのロマンとやらも彼女ひとりだけでは完成しないらしく、俺も半ば無理やり付き合うことになったというわけだ。
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