14-1 偶像勇者
現在の時刻は朝6時――。
ベランダへと続く窓からは、日差しがカーテン越しにリビングを薄っすらと照らしている。
俺の寝床はそのリビングのど真ん中に配置されたソファー。この場所ならアラームをセットしなくても、その僅かな明かりだけで十二分に目覚ましの役目を果たしてくれる。
昨夜は色んなことがあり、結局2時間程度しか眠れなかったが、それでも眠気も無く疲れも残っていない何とも心地の良い朝の目覚めだ。
それもこれも全身を優しく支えてくれたこのソファーのおかげだろう。クッション性が高いわりに、通気性が良く熱がこもりにくい。長時間、座っても寝たとしてもまったく苦じゃないのが本当に素晴らしい。
このソファーであれば、どんな姿勢であろうと快適に過ごせると断言しても良い。
人間を堕落させたかったら有無を言わさず一旦、このソファーに座らせればいい。
「……さすがに過大評価すぎるか?」
文明レベルがこの世界よりもざっと300年近く遅れている、異世界から帰還した俺にとってあまりにも特効すぎた。
あちらのソファーが比べ物にならないぐらい粗悪品とかいうわけではないが、どれもこれも座り心地がいまいち、使用者のことを一切考慮していないデザイン重視のものが多かった。
ソファーに限らず、イスなどの人が座る家具全般がそういう仕様だった。ルークが貴族の生まれだから、そんな家具に囲まれていたとかいうわけでもなく、庶民から貴族、それどころか王族までもデザイン重視の家具を好んで使用していた。
俺がもう少し手先が器用だったら、自分でお気に入りの家具を作製していたかも? まあ例えそっちの方面の才能が開花したとして、俺には勇者というお仕事があるので、そんな時間は取れなかったかもしれない。
今になってはそれもただの言い訳の一つに過ぎない、なぜなら勇者として旅立つ前なら、いくらでも時間はあったのだから。
「この感覚が抜けることは一生ないんだろうな」
太陽光などの光源が一切入ってこない屋内だとしても、異世界生活で鍛えぬいた体内時計によって、否が応でも覚醒してしまう。
重傷を負ったり意識が混濁したりと、起き上がることが困難な状態ではない限りは、今朝のように何ら問題なくスパッと起床できる。
この原始的ともいえる完璧な生活リズムは、あちらの世界で普通に生活しているだけで、多少の差異はあれど、誰もが自然と会得できてしまう。
異世界には、詠唱一つで大体のことは何とかできる呪文が存在する。
その便利すぎるがゆえに前述のとおり文明は驚くほど発展していない。文明レベルが一番高いとされた国家でさえも、やっと蒸気機関の開発に着手し始めたぐらいの鈍足な開化。
そのため異世界で呪文以外の光源といえば、旧時代の火を用いたランプや松明といった灯りが主流となっている。
「さてと……」
俺はソファーから飛び起きると、掛け布団代わりに使用していた毛布を折り畳んでソファーに置き、太陽光をリビングに迎え入れるため遮っているカーテンを開けに窓際へ移動する。
カーテンを開けた先には見事なまでの晴天、晴れ渡る青空が広がっていた。
次に換気を促すため窓に取り付けられたクレセント錠を解錠し全開する。
待ってましたとばかりに、朝方特有の澄んだ空気と心地よい風が肌を撫でながら室内に流れ込む。
「快っ晴ですな。今日もまた実にお日柄も良い。最高の一日がはじまりそうだ!」
何とも気持ちのいい朝だろうか、お天道様がシャキッとせんかいと朝の挨拶をしてきているようだ。
小鳥はさえずり草花は風に揺られている。あたかもさえずりに合わせて踊っているようだ。
「――おっし、今日も存分に気持ち悪いな。いい感じだ!」
俺は時たまこんな感じで朝っぱらから、自分でも吐き気を催す謎のポエマーキャラを演じている。
なんでこんな苦行をしているのかというと、これもまた勇者という役を演じ続けたことによる弊害。
一人旅ということもあって、基本的に人と接することはほとんどなかったが、それでも町や村など人々が暮らす場所に行けば、必然的に交流せざるを得ない場面に出くわす。
そこでテンションが低く目も合わせず、ロクに話そうともしない勇者だったら、むこうが残念がってしまう。
人類の希望である勇者は、常に彼らの理想、彼らが偶像する勇者でなければならない。
普段の自分じゃない清廉潔白な別人格を形成するために必要な儀式――それがこの謎ポエムである。
こんなことしなくても魔王さえ倒せばいいじゃん、それが勇者の仕事なんだからだと思う人もいるだろう、実をいうと俺もそのうちの一人だった。
が、事はそんな単純な話ではないのが辛いところで、魔王を倒せる唯一の武器である聖剣ってのが厄介な代物なのだ。この聖剣は人々の信仰によって、性能が強化されるという非っ常に面倒くさい仕様となっている。
未強化だと属性武具に劣るどころか、標準武具と同程度の性能しかない。
異世界では新人冒険者に無償で支給され、この世界では学生に無償で支給されるものと同等品質。血のにじむような努力をして、やっとの思いで手に入れた武器とは思えないほど基本性能が低い。
聖剣を強化するためにも誰もが崇拝する理想的な勇者を演じなければならないのだ。
その分、信仰度に応じて性能は飛躍的に強化される。結果として魔王と対峙した時には、聖剣の名にふさわしい神話武具にまで昇華されていた。
聖剣を失ったいま、この奇行を継続する必要性は皆無なのだが、一度身についた習慣がそんなに容易く取り除かれるわけもなく、ふと気づいた時にはもう行動を終えてしまっている。
(……あの聖剣って、最後まで名前分からなかったな。そういや、魔王も魔剣のことをずっと『魔剣』って呼んでたし、そもそも名前自体が無かったのか?)
聖剣は崩れ落ちた魔王城で魔王とともに深い眠りについている。
今さら聖剣の正式名称が気になったところで確認の仕様もない。
手に入れた聖域にまた行くことができれば、あるいは――。
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