13-4 羞恥連動
悶え苦しむ莉緒をよそに俺は緩んだ拘束具を振り解く。
酸素不足により視界がぼやけるなか、右目に映ったテレビ台に向かって、かすれた声で「消滅せし足音」と唱える。
俺の身体はその場から消え去り、次の瞬間にはテレビ台の前で寝そべっていた。
仰向けに倒れたまま呆然とウインドウ越しに天井を眺めつつ、枯渇した酸素を目いっぱい肺に蓄える。
お手軽収納術は意識を失うか自らウィンドウを閉じない限り、ずっと眼前に表示され続ける仕様となっている。
一応どこまでチェックしたか覚えてはいるが、ブラックアウトしたのちにまた再開したとして、その時に記憶が吹っ飛んでいないという保障はない。
そういう意味においても無事に生還することができて、本当に心の底から良かったと思える。
(新鮮な空気マジでウメェ――!!!)
語彙力が崩壊する程度には結構ギリギリの状況だったようだ。
酸素が体中を駆け巡り呼吸を繰り返すたびに、視界や意識がクリアになっていく。
危うく莉緒を殺人者にするところだった。それに俺も不名誉な死因理由を歴史に刻まなくて済んだ。
作戦が成功したのは非常に喜ばしいことではあるが、これを冗談でも外で行う予定はない。
なぜなら毎回なんか艶めかしい感じになってしまうからだ。
何も悪いことはしていないはずなのに、大衆に犯罪者を見るような目を向けられるのはごめんこうむる。
莉緒の様子を確認するために視線を移すと、テーブル越しに四つん這いの彼女と目が合った。
「はぁはぁ……あたしの弱点を、覚えていたのね……はぁはぁ……やるじゃない凪」
敗者は息も絶え絶えに負け惜しみを言っている。
そんな彼女の部屋着は、金曜日の失態を機にバージョンアップしていた。
目のやり場に困っていた、あのよれよれTシャツは厚手の濃色Tシャツに、色褪せてダメージ加工みたいになっていたショートパンツは膝上丈の暖色系ハーフパンツに。
まあそれでも下はともかく上に関しては、寝苦しいらしく着けない主義だそうで、ノーガードなのは変わっていない。
とりあえずこの服装であれば、上下どちらも透ける心配が無いので、その点だけは良しとしよう。
旧バージョンの部屋着で、同じ姿勢をしていたらと考えるだけでもゾッとする。
なんかどっと疲れたので、あいつを放置してこのまま就寝してやろうかとも思ったが、さすがにそれはあまりにも無作法すぎる。
なんだかんだ言って、行き場の無い俺に居場所を提供してくれたことや、俺の買い物に付き合ってくれたことには感謝している。
「ねーえー、凪なにだんまりしてんの? ごめんって、あたしもちょっとやり過ぎた。でも、あんたも悪いんだからね」
「そうだな、俺も言い過ぎた。だけどな、マジで息できなくて死ぬとこだったんだぞ」
「――マ?」
「また享年16歳になるところだった」
ちょっとした会話を広げる潤滑油のつもりだった。
莉緒がどんな思いでその言葉を受け取るかなど露も知らずに。
「凪……冗談でも、お願いだからそんなこと言わないで……もう二度と……お願いだから……」
莉緒は涙声でふり絞るようにそう告げる。
先ほどまで晴れやかだった表情は、どんよりと曇り彼女の目には涙が溢れている。
そこでようやく俺は自分がしでかした愚かな行為を理解した。
親しき中にも礼儀あり、俺は知らず知らずのうちにその境を越えていた。
俺のことを知っている人に再会できたからと有頂天になっていたのだろう。
(俺が莉緒の立場だったら、どう思うかってちょっと考えれば、すぐに分かるだろうに。はあ……マジで自分が嫌になる)
俯き溢れ出る涙を隠そうとする彼女に近寄り、感謝の意を込めて秘かに購入しておいたプレゼントを亜空間から取り出す。
出現した巨大なぬいぐるみを抱きかかえながら彼女に謝罪の言葉を述べる。
「ごめん、軽率だった。このとおりだ本当に申し訳なかった。で、これはその世話になったお礼というか、これからもよろしくという意味合いを込めて、莉緒……お前にプレゼントしたい。是非とも受け取ってほしい」
「…………うん、わかった。それでなにをプレゼントしてくれるの?」
Tシャツで涙を拭きながら莉緒は顔を上げる。そして、しばらくの間、彼女は時が止まったかのように、ぬいぐるみを見つめたまま硬直するのであった。
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