13-3 天国地獄
莉緒は絵に描いたような引きつった表情で枯れた笑いを零す。
その様は完全に詰んだ状態、ぐーのねもでないというやつだ。
「はは……あははは…………そ、そんなわけないじゃん! あたしだって成長してるんだから、いつもひとりで起きてるわ~よ?」
「なぜに疑問形なんでしょうかね、彼我結莉緒さん?」
「う、うっるさーい! あたしがひとりで起きてるって言ってんだから、それでいいの――――!!!!」
俺の質問がクリーンヒットしたようで、論破できないと悟った彼女は子供じみたセリフを言い放つと、物理的に解決しようとしてきた。
バランスボール的な遊びから一転、彼女は背もたれに手をかけて隠れるようにしゃがみ込んだと思った矢先、床を勢いよく蹴り上げて俺にのしかかってきた。
そうボディプレスである。
嫌な予感というものはなぜか当たってしまうものだ。
「ぐはっ……息が、呼吸が……」
甘い果物のような香りが鼻をくすぐり柔らかい感触が顔面を圧迫する。
当たり前の話ではあるが、人間は隙間なく鼻と口が塞がれてしまうと呼吸ができなくなる。
ボディプレスによって、肺に残っていた酸素は強制排出されてしまった上に、新しい酸素を肺に取り込むこともできない。
この状況が長く続くと俺は窒息死する。というか、もって1分といったところだろうか。
「このこのこの! あたしがそうだと言ったら、あんたはただそうだと頷けばいいの! 分かった凪?」
俺を死に誘おうとしている張本人は無邪気にそう告げてくる。
返答しようにもガッチリとホールドされているため発声することもできない。
発声できないということは、技能も封じられていると同義。
無理くり身体を動かして逃れることも可能だが、それだと彼女をケガさせてしまうかもしれない。
が、このままでは脳に酸素が足りなくなり、思考することもできなくなる。
絶望的な状況と言わざるを得ない。
「ねえどうなの凪? 降参、降参する?」
何も見えずともあの嬉しそうな声から、莉緒が勝ち誇っているのが見て取れる。
それに何やら、さっきまでの話と内容が少しばかり変更されている。
そもそも何に対しての降参なのだろうか、俺は莉緒と何の勝負もしていない。
だからといって、このまま何もせずに負けるのもいただけない。
なんせこの状況下において、負けるイコール死を意味するからだ。
(もうすでに意識が何度か飛びそうになってるし、しゃーない背に腹は代えられん……)
全身を左側に傾けると、右手を広げてソファーめがけて掌底を繰り出す。
その反動により俺は莉緒ごとソファーから転げ落ちる。その際、彼女が床やテーブルに頭をぶつけないように左手で保護する。
「きゃあぁぁあ――!!」
彼女の絶叫が俺の耳をつんざく。
そのおかげで今にも遠のきそうだった意識は回れ右をして、一歩二歩と俺のもとに戻ってくる。
が、そこで足を止めてしまい、それ以降こちらに歩み寄ってこようとしない。
(やり過ぎた……やばい、マジで、マジでやばい)
これは俺の落ち度によるもの。
命の危機が迫っていたこともあり、力加減を誤ったことが原因。いや、ある意味においてはジャストであったともいえる。
グルングルンと2回転してテーブルにぶつかることもなく、無事に転がり落ちることはできた。
自画自賛するほどピタリと停止した、俺が下で彼女が上というソファーにいた時と何ら変わらない状態でだ。
しかし、その時に生じた遠心力が思いのほか凄まじかったようで、彼女の恐怖心を駆り立てることになってしまった。
ただでさえガッチリ固定されてしまっているものが、恐怖によりさらに力強く強固なものへと進化した。
端的に言えば、状況が好転するどころかさらに悪化したわけである。
中途半端な奇策を講じるぐらいなら、最初から無理矢理にでも引き剥がしておけば良かった。
今さら嘆いたところで、この切羽詰まった状況が解決することはない。
ブラックアウトするまでの猶予はもう残りわずか、悠長に事を構えている余裕はない。
幼馴染だからこそ知り得る弱点をついて勝機を見出す。
ただこの弱点を克服されていた場合はもうお手上げである。
(どうかこっちの莉緒にも効きますように!)
俺は感覚を頼りに彼女の首筋に両手を沿わせると優しく上下にさする。
「ひゃぁ! なに、なにすんのよ凪! くすぐったいんだけど……いや、ひゃ、あん、やめ……やめて……」
莉緒は子供の頃から首筋が弱い、少しでも手が触れるだけで身震いするほど苦手、彼女の弱点部位。
他の部位はどれほど触っても反応が薄いのに、ここだけは竜殺し英雄ジークフリートの背中やギリシャの英雄アキレウスの踵ぐらいに、過敏な反応を示す。
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