02-1 深夜帰路
街灯の明かりを頼りに夜道を歩く。
コツコツと自分の足音だけが聞こえる。
通学路にはコンビニなどもないため深夜帯は恐ろしいまでに暗く静かだ。
町を見渡すだけで自然と色々な感情が溢れてくる。
この誰もいない時間は神秘的で、気が滅入った時は家を抜け出して公園で時間を潰したことを思い出す。
いま思い返せば末恐ろしいことをしている。平和だからと高を括った愚行でしかない。
両親はどうしているだろうか、まだあの家に住んでいるのだろうか。
あいつはちゃんと俺が居なくても高校生活を楽しめているのだろうか。
あの角を曲がれば例の公園があり、その隣には子供の頃に通い詰めた駄菓子屋。
右路地を真っすぐに進めば住宅街を抜けて大通りに出る。
あそこに行けば駅に併設された商業施設がある。
なんてことのない至って普通の町。
でも、あの世界にはそんな当たり前は存在しなかった。
実家が近づくにつれて鼓動が早くなる。
気づいた時にはもう暗闇の中を駆けていた。
あの日、俺が事故に遭い異世界転生したことを思い出しながら。
◇◇◇
俺は帰宅部だった。
高校生にもなっても寄り道の一つもせずに、下校時間になると指定された通学路を通って帰宅する。
ドが付くほどの真面目で、何の面白味も無い淡白な高校生活を送っていた。
まあ家に帰れば基本的に気絶するまでコントローラーを握り締めてはいたが。
あの日もそんな感じで平凡な一日が終わると思っていた。
キィィィ――――!!!!
トラックのタイヤから焦げる匂いと急ブレーキによる高音が耳をつんざく。
振り向いた時にはもう手遅れだった。
ドォ――ン!!
ベキベキと骨が砕ける音が聞こえた。
視界がクルクルと回ったかと思えば、次には道路に伏せていた。
こういう時って不思議なもので、身体の自由は一切利かないくせに頭だけは妙に冴え渡っている。
冷静に現状を把握できた。
俺はトラックに轢かれたのだと。
運転手が救急車を呼んでいる声が聞こえる。
道路はヒンヤリとして気持ち良かったが、四肢から溢れ出る血が服にベットリと付くのは少し気持ち悪い。
あれからどれほどの時間が経過したのだろうか。
ふと気づくと運転手以外の声が耳に入った。
異様なまでに騒がしいこの感じ……野次馬が事故現場に集まってきたといったところか。
見世物じゃないと怒号の一つでも飛ばしてやりたいが、口呼吸をするのがやっとで発声する気力もない。
自分が思っている以上に重症なようだ。道路に寝そべっているはずなのに今はもう何も感じない。
ピーポーピーポー。
遠方から救急車のサイレンが聞こえる。
そういえば俺、救急車に乗るのって今回が初めてだ。
あいつに……俺、救急車に乗ったぞって、自慢してやろうかな。
最近はほとんど会話もしなくなったけど、やっぱこんなしょうもない話をする相手は、あいつ以外には考えられないしな……。
そこで重くなった目蓋を閉じて意識を手放した。
意識を取り戻した時に俺がいた場所は病院ではなかった。
豪華絢爛な調度品に囲まれた豪邸の一室にあるベッドの上だった。
俺はとある貴族の嫡男として転生した――。
◇◇◇
で、なんやかんやあって女神からの啓示を受けて、魔王を倒す勇者の地位を授かり今に至る。
「……回想にしてはちょっと雑か。まあ女神と交渉しておいて正解だった」
俺は勇者になる代わりに一つ交換条件を出した。
それは魔王を倒したら俺を元の世界に還すというものだ。
勿論事故に遭う前の健全な身体を得た状態で。
女神はその約束をちゃんと果たしてくれたというわけだ。
自分のやる気の無い回想にダメ出しをしていたら、もう実家まで目と鼻の先まで近づいていた。
次の角を右に曲がれば見えてくるはずだ。
「あった俺ん家……」
桜川凪が16年間過ごしてきた実家。
表札にも桜川という苗字がデカデカと印字されている。
両親はもう寝ているようで、部屋の明かりはついていない。
玄関ドアまで近寄ると表札灯が自動点灯した。
ただ点灯しただけなのにそれを見ただけで、少しうるっときた。
その明かりが『おかえり』と俺に言っているように思えてしまったから。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。
特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。
他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。