12-1 休日予定
見惚れてしまうほど完璧なオーバースローから繰り出されたタオルが見事なスクリュー回転を描き、俺の顔面に吸い込まれてから約4時間後――。
俺と莉緒は隣同士でソファーに座り明日の予定について話し合っていた。
晩飯や風呂、歯磨きも済ませていつでも寝れる準備はすでに終えている。
正面のテレビからはバラエティー番組が放映されている。チャンネルを変えずにダラダラと流しているだけで、視界には入っているがほとんど見てないのと同じだ。
消すタイミングが無かったわけではないが、今はこのノイズがありがたい。
俺が今日ここで昼食をとるのを事前に知っていたかのように用意された手作り料理。さらにその先を見据えていたのか、歯ブラシや寝間着などのお泊りセットまでもが完備されている。
それらの疑問に割くリソースを強制的に減らす。
優先すべき受け止めなければならない現実がある。
「――ってことで、土日はあんたの日用品を買いに行くわよ!」
「あー……それは分かったけどさ、2日も必要か? それに別行動でもよくないか?」
「なに凪? あんた、あたしと一緒に買い物に行くのが嫌なわけ?」
莉緒はぐるんと首を動かし俺の眼を見ながら淡々とそう告げる。
予備動作無しのその挙動に一瞬竦んでしまった。時と場所によっては、ここからホラー展開になってもおかしくない。
莉緒の申し出を断る理由はこちらとしては特に無い。ただ彼女によからぬ噂が立ってしまうのが申し訳ないと思ってしまう。
桜川凪だった頃は、幼馴染という関係性もあったから別段気にはならなかったが、内面は変わっていなくても今の俺はルークという別人である。
生徒が休日に買い物に出かけるだけなら何ら問題はないかもしれないが、学級階層の最上位の彼我結莉緒に、自分で言うのも小恥ずかしいが端正な顔立ちの異国人ルーク・ランカードの両名ともなれば話は別だ。
恋バナが大好きな女子生徒に万が一にでも見つかってしまえば、学園中に光の速度で広まるのは目に見えている。
その可能性をまるっと回避するためにも俺一人で買い物を済ませたほうが確実。
彼我結家に堂々と入り込んでいるくせに何を今さらと思うかもしれない、俺だってそう思う。
が、今回は担任から莉緒を家まで送るという大義名分を授かっているため、いくら発見されようが何ら問題ではない。
問題……ないよな、たぶん。
「そんなんじゃなくてだな、あーその、あれだ。家に泊めてもらえるだけでもありがたいのに、そこまでしてもらっていいのかと思ってさ」
「あっちの世界のあたしと何も変わんなくない?」
その言葉に俺は何も言い返せなくなってしまった。
莉緒が嫌じゃないのであれば、彼女がしたいと思うことをさせてやろう。
あいつのことは俺が一番よく知っている。この程度の噂話なら笑って聞き流せるぐらいに豪胆なやつだということを。
「あーはい、そうですね、莉緒さん。2日間どうぞよろしくお願いします」
「いきなりの他人行儀で草。凪あんたがどう思おうがあたしは彼我結莉緒よ。てか、次元を超えてまで、あんたのことを想うあたしって可愛すぎない!? 一途すぎてマジ推せるんだけど!!」
「……そっかぁ~、それは良かったな。俺は色んなことが同時に起こりすぎて、現実を受け入れるのにもうしばらく時間がかかりそうだ。あと、俺の前でそれ言うの止めない? どう反応すればいいのか困るわ」
俺のノンデリ発言から一時は険悪な空気になったが、2時間ほどかけて莉緒のご機嫌を取り続けて関係値を修復しておいた。
彼女の先ほどの発言について自分なりに再度考えをまとめる。
異世界のような完全な別次元とは異なる世界。元々の世界をベースにして桜川凪という人間を抹消して、異世界の要素を付け加えた平行世界。
平行世界ということはつまり、いまこうやって親しげに会話をしている彼女は莉緒ではあるが、俺の知っている幼馴染ではない。直接彼女の口からその事実を聞かされた時は、さすがに動揺を隠しきれず膝から崩れ落ちた。
元の世界の彼我結莉緒の記憶を持った別人――それが眼前にいる彼女である。
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