11-1 悪夢快復
どんな理由があるにしろ、陰鬱鉱山を全力疾走するのはあまりお勧めしない。
ぬかるんだ床で足を滑らせて転びそうになったり、角を曲がり切れずに壁にぶつかりそうになったり、角待ちする魔物がいたりと鬱陶しいことこの上ない。
俺の忠告を無視して級友らは突貫し一人また一人と無残な最期を迎える。
助けに行こうにも身体は動かず声も出ない。何も出来ずに俺はただその光景を傍観するだけ……そんな最悪な夢で目を覚ました。
「……はっ!? 夢にまで干渉してくるとか怖すぎだろ。久々に見た夢がこれかよ。しかも、自由に身体を動かせないパターンとはね」
俺は昔から夢を夢だと認識し、夢の世界を自由に行動することができる。
この謎の特異体質はゲーム三昧な桜川凪だった頃に自然と身につけた特技だ。
その明晰夢を活用して、夢の中で行き詰ったゲームの攻略法を何度見出したことか。
ネットでサクッと検索すれば、すぐに最適解を知ることができるのだが、周回プレイならともかく最初の一週目だけは自力でクリアしたい。それがゲーマーとしての俺のプレイスタイルだからだ。
それはそうと、ルーク・ランカードになってからは、その特技を一度も活用できていない。というのも、生まれ変わってから夢を見たのが今回がはじめてだからだ。その記念すべき初回が悪夢とは思いもしなかったが……。
異世界で一度も夢を見なかったことに当初はあまり深く考えたことはなかったが、それでも何となくではあるが、たぶんコレだという見当はついている。
そもそも俺が明晰夢を会得できたのは、夢の中でもゲームがしたいからという単純な理由。つまり、ゲームそのものが存在しないのであれば、夢を見る必要性すらないのでは? という謎理論により俺自身も気づかぬうちに、そういう身体に作り替えられたんじゃないかというわけだ。
ルークとして生を受けてから此の方20年、異世界では一度も夢を見なかったのに、この世界に訪れてから僅か数日で夢を見たということは、やはり俺の推理は正しいんじゃないだろうか。
(まあ莉緒の手料理による恩恵も大きそうだが……)
長年の疑問はひとまずこれで解決としよう。
20年ぶりに見た夢が、まさかの悪夢。
明晰夢だと認識しているのに、意思に反して指の一本すら自由にできない、俺が記憶している中で断トツで最低最悪な夢。
目覚めても脳裏に刻まれた、その恐怖はすぐには消化できない。そのことを物語るかのように、冷や汗が肌を濡らし鼓動も早まっていた。
(さっさと切り替えないと、とは言ってもここで実行するのもなあ……)
この抱いている感情をフラットに戻すことは可能だ。
ただ問題があるとすれば、彼我結家で例の奥義を繰り出せるほどの勇気を俺が持ち合わせていないことだ。
何か別の方法はないかと思考を巡らせていた時に、とあることに気が付いた。
テーブルにうつ伏せで寝ていたから身体はバキバキかと思いきや、気絶する前に比べて不思議なことに気絶前より幾分か身体が軽く感じる。
この感覚が本当かどうか確認するため上体を起こしたところ、毛布らしき物体が肩からするりと滑り落ちた。
落下先に視線を移すと、目つきの悪いリスが刺繍されたブランケットが見える。
あのリスは子供の頃によく見ていた教育番組に出てくるマスコットで、名をシガワラルという。名前の由来はシガーとスクワラルを組み合わせ造語だ。
葉巻を咥え視聴者にガンを飛ばすというぶっ飛んだキャラをしている。なぜあれがずっとレギュラーの座にいるのか、当時から不思議で仕方なかったのを覚えている。
一部の層に絶大な人気を誇っており、彼我結莉緒もまたそのうちの一人である。
「……まだ、このリスが好きなんだな」
ブランケットを拾い上げ、テーブルに広げて折り畳みながらリビングを見回す。
その際、肩をまわしたり上体をひねってみたりと身体を動かしてみて分かったことがある。
やはり気絶前と後で体調がすこぶる良くなっている。
異世界にあった傷を癒すポーションの類とは異なるが、どうやら莉緒の料理には生命力を活性化させる作用があるらしい。
そこだけ切り取ると最高峰の治療薬に聞こえるが、そのメリットに対してデメリットがあまりにも強すぎる。
五感全てを失った状態であれば、喜んで服用するが平常時は無理だ、無理すぎる。
「良薬は口に苦しとは良く言ったものだな……マジで、さて現時刻はっと?」
テレビ台の真上にある壁掛け時計は7時20分を指している。
夜の帳が下りていることから午前ではなく午後で間違いなさそうだ。
明くる日になっていなければ、気絶していたのは30分から40分といったところか。
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