10-1 愛情料理
俺は今……かつての幼馴染家で、かつての幼馴染から尋問改め拷問を受けている。
家に招待された後、それぞれ自分達に起こった出来事を一つまた一つと語り、互いに足りない部分を補い情報をすり合わせ共有していった。
そこまでは良かった、そこまでは良かったんだが途中で問題が発生した。
彼女が思い出しかのようにふらっと席を立った時に、気づくべきだったのだ。
ある場所にある物が用意されていることに……。
対面に座る慈愛に満ちた笑みを浮かべる彼女の口から零れる一言一言を聞くたびに、身体の震えが止まらなくなる。あの時の正座組の気持ちが今ならよく分かる、なんなら同志として肩を組んでもいいぐらいだ。
蛇口をひねって淹れただけの透明なお茶で乾いた喉を潤す。
彼女の願いを聞き入れることは死を意味する。
ただひたすらに場を取り繕って好機が訪れるのを待つ以外に残された道は無い。
「――ねぇルーク・凪・ランカード君。どうしたの、なんか顔色が悪くない?」
「俺が悪かった、許してくれ……」
「悪いと思うようなことをしたの? やっぱり寝ているあたしを襲ったとか?」
「天に、神に誓ってそんなことはしていない」
「じゃーあー、なんで悪いと思ったの? 本当に悪いと思っているのなら誠意を見せてほしいな? ねっ、なっちゃん。はい、あ~ん!」
静止画のように固定された微笑みで、手に持ったスプーンで皿に入った湯気立つ青黒い液体をすくい、前のめりになりながらスプーンを俺の口元に近づける。
食べ物とは到底思えないような匂いが鼻腔を刺激する。
洗い流そうとしているのか涙が自然と滝のように溢れてくる。
催涙スプレーを食らったらこんな感じなのだろうか、そんなどうでもいい思考が駆け巡る。
ダイニングテーブルから離れた位置にある空気清浄機は、異物発見とばかりにフル稼働している。
その無機質な注意喚起が、余計に恐怖心を駆り立て俺の心を圧し折ろうとしてくる。
「やめてーほんとにやめてー! 土下座でも何でもするからマジでお願いします!」
「幼馴染の手料理が食べられないって言うの!」
「これのどこが料理だ! なんでクリームシチューが青一色に染まってんだよ、この刺激臭も何を入れたらこうなんだよ!?」
「――えっとぉ~、キッチン棚にあったスパイスを入れたら青くなったというか?」
「そんなわけあるかー! ちょっと冷蔵庫借りるぞ、俺が作り直す!」
「ご慈悲を、せめて一口だけでも食べてよ。凪に食べてもらいたくて料理頑張ったんだからあぁ――――!!」
死刑宣告である――。
涙目になりながら魂の叫びを上げて俺に食えと訴えてくる。
幾度となく振り払ってきた罪悪感だが今回ばかりは無理かもしれない。
プルプルと震える手をもう片手で必死に抑えながら、俺が『あーん』するのを健気に待っている。
桜川凪が存在しない世界で、唯一俺のことを覚えていて知っている人物。
容姿も名前も違うのに、言動一つで勘付き登校初日で特定した少女。
この世界においては桜川家よりも深い縁に結ばれたお隣さん。
色々とそれっぽいことを羅列してみたが、別世界でも俺のことを覚えていてくれた幼馴染の気持ちを無下にすることは、することは……できない。覚悟を決めろ、俺。異世界ではコカトリスの毒をコップ一杯飲み干したじゃないか。
「南無三――」
大口を開けて差し出されたスプーンをクレーンゲームのように首を動かし捕まえる。
向日葵のようにパァーっと莉緒の表情が明るくなるのが見える。
表情そのままに彼女は無慈悲に手首を下げた。
スプーンに角度がついたことで、口内にドロっとした液体が流れ込んでくる。
ドンブラコの要領で固形物も一緒に侵入してくる。
酸味、辛味、塩味、甘味、苦味……筆舌に尽くしがたい様々な味が調和することなく、一斉に襲い掛かってくる。
それに加えてグニュっとしたコンニャクのような食感と、まったく火が通っていない根菜の食感などの具材が咀嚼する気を失せさせる。だからといって、このまま口に含んだままというわけにもいかない。
スプーンの先にはキラキラと目を輝かせて俺の感想を待っている料理人がいる。
何とかして食道に流し込み口の中を空っぽにしなくては……だが、飲み込もうとすると身体が拒絶する。
冷や汗が、震えが止まらない……。
ヒュドラの猛毒を食らっても大丈夫だったじゃないか。
例え見た目や味が劇毒だったとしても、元を辿ればどこのスーパーにでも売っている普通の食材のはずだ。
それをちょっと調理したらこうなっただけで、食べられる物しか入っていない。
頑張れ俺の嚥下力、胃に投げ込んでしまえば全て解決だ。
行こう、往こう、逝こう。
(いただきます……ごくん)
死刑執行である――。
……
…………
……………………
異世界で色んな毒に身体を冒されたことで、俺の身体には抗体ができていた。生半可な毒は効果がなく、俺にとってはもはやただの調味料の一つでしかない。
はずなのだが、俺はあいつのセンスを侮っていたようだ。
神経毒のように四肢の感覚が薄れて思うように動かせない。動悸は激しくなり視界はぼやけ意識も朦朧としてきた。複合毒で尚且つ即効性まであるとは恐れ入った。
「どう凪? 今回のは結構自信作だったんだけど?」
俺の口からスプーンを引っこ抜きながら天使の笑みで悪魔が問いかける。
幸いにも首より上はまだ自由が利くため答えることはできる。
ただ普通に答えるだけじゃつまらないので、嫌味というスパイスでも付け足してやる。
「あぁ……これなら魔王もイチコロだろうな……」
「それだけ美味しかったってこと!?」
ポジティブシンキングすぎやしないか、無敵かこいつ。そんなわけないだろとツッコミの一つでもいれたいところではあるが、発声する気力も湧いてこない。
今後一生――俺はあいつの料理を口にしないと心に誓い、僅かに残っていた意識を手放した。
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