09-3 愛称誤爆
「それよりもだな、彼我結。お前どこまで覚えている?」
「話を逸らさないで! はっ!? あんたまさか……あたしが寝ている間にいやらしいことしてないでしょうね?」
掛け布団で胸元を防御しながら莉緒はそんな呆けたことを抜かしている。
なんか頭が痛くなってきた、任務だけ遂行すればいいか。ダンジョン内での出来事については、級友ら担任から教えてもらえばいいんじゃないかな。
「するわけないだろうが……じゃなくてだな、あーもう。来週みんなに聞いてくれ。でだ、俺がここにいたのは今継先生から家まで送り届けるように言われたから、お前が起きるのを待ってたんだよ」
「そんなに拒否んなくて良くない? 冗談に決まってんじゃん。じゃちょっと準備するから、あんたは外で待ってて」
「ただ帰るだけだろ? 何の準備がいるってんだ? あー枕の後ついてんな……よだれ後も残ってるし」
「さっさと、出てけぇ――――!!!!」
彼女の絶叫とともに左手からは殺意のこもった掌底が俺の心臓めがけて繰り出される。
左手で教科書を掴み右手に持ったティッシュ箱で掌底を受け流すと、歪になったティッシュ箱を机上に戻し、イスに置いてあったバッグを拾い保健室を出た。
壁に寄りかかり待つこと10分――。
ガラガラと引き戸が開く音が聞こえた。
身だしなみチェックが完了したようだ。
「お待たせ、じゃ帰ろっか!」
そこにはよだれを垂らしていた少女の姿はどこにもなかった。
黄金色の髪をなびかせ翡翠色の瞳をしたギャルが現れた。
その変化っぷりには何度見ても驚かされる。
元々の素材が最高品質なこともあり何もしなくて十二分に可愛いが、それとはまた違った可愛さがある。
ずっと隣で見てみた俺が言うのだから間違いはない。俺の自慢のお隣さんだ。
まあ多少は親心……兄心? による加算がないとは言い切れないが、彼女がヒエラルキー最上位にいる時点で、周囲からも認められている。
つまり俺の考えは何ひとつも1ミリも間違ってはいないのだ。
また救出時にこっそりと技能で彼女の傷を癒しておいた。
腕や脚を見るに傷跡も綺麗サッパリ消えているし、本人もすこぶる体調が良さそうだ。
使い勝手があまり良さそうじゃなかったのと、そもそも使う相手が居ないことから今までずっと封印していた技能だ。
犠牲による癒しは自身の生命力を糧にして他者を回復させる技能。変換率は50パーセントと微妙な回復量。瞬時に回復するわけでもなく、対象者の身体に直接触れていないと生命力のみ消費するだけで一向に回復しない。
一生使うことは無いと思っていたが存外悪くなさそうだ。
他者を回復させる術はこれで万事解決だ。あとは自分自身を回復する術を探さなければならない。
あれぐらいの魔物しか出現しないのであれば、俺が相当ヘマをしない限りは回復が必要な状況に陥ることはないはずだ。とはいえ、何か回復する手立ては用意しておいて損はない。
「……あんたさぁ、その人の顔をまじまじ見る癖やめた方がいいよ」
「うん? 俺そんなに見ていたか。まったく自覚がなかった」
「今はもう自覚してんでしょ……なのに、なんで目を逸らそうとしないの?」
「いやー、やっぱりっちゃんの顔は見飽きないよなーって」
「……はっ? 今なんて言ったの? あたしのこと、りっちゃんって呼んだ?」
「…………ナンニモイッテナイヨ」
また同じミスを犯してしまった。反射的に聞き返してきたとかじゃなくて、今回はちゃんと言葉を噛み砕き理解した上で聞き返している。
前回は安堵のあまり咄嗟に愛称で呼んでしまったが、今回は幼馴染と普通に会話をしたことで気が緩み、つい無意識に口走ってしまった。
俺が桜川凪であれば、何ら気にする必要もないが今の俺はルーク・凪・ランカード。
幼馴染でもなければ家族のように育った間柄でもないし、友達ですらない、ただの級友の一人だ。
そんな人物が、いきなり『りっちゃん』って愛称呼びとか……完全にヤバいやつじゃないか。
自分の行動について分析している場合じゃない。
今はまず訝し気な顔で距離を詰めてくる莉緒の気をどうにかして逸らさないと。
まあそんな都合のいい解決策など早々に思いつくはずもないわけで。
「……カエロウ」
機械音声のような抑揚のない言葉を発した後、回れ右をし校舎の玄関たる昇降口に向かって歩き出す。 エスコートをするわけでもなく歩幅を合わせるわけでもなく一心不乱に歩みを進めた。
帰路に就く間、莉緒は背後霊のように俺の耳元で『りっちゃんって呼んだ?』と何度も囁いてきたが、全力で無視した。
息継ぎをいつしてるんだってぐらいに隙間なく、永久に続くんじゃないかってぐらいに続いたが、俺は最後まで全力で無視し続けた。
無事、家に送り届けて任務完遂とはいかず……俺は莉緒に家に上がるように言われた。
断ろうとしたが爪が両肩に食い込むほどの握力と、眼力により白旗を上げざる負えなかった。
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