01-2 勇者帰還
魔王城は巨大な要塞迷宮だといっても過言ではない。そのくせ他の地下迷宮には必ずある階層転移もなければ、転送門も存在しない。
地下迷宮が世界の理によって、誰の手も借りずに勝手に出来上がるのに対して、魔王城は魔族が汗水垂らして作った建築物だからだ。
時代背景的にも中世ヨーロッパのためエスカレーターやエレベーターといった便利な物もない。高層ビルにも等しい魔王城を物理的に、一段一段と階段を下って行かなければならない。
魔族は飛翔するための翼が背中に一対あるから、それほど気にはしていない様子だったが、人間の俺にはそんなものは生えていない。
まあこれも魔王城に訪れる勇者を少しでも疲弊されるための策略かもしれないが、息も絶え絶えの勇者を倒したところで、あの魔王はきっと喜ばないだろう。
ただ裏を返せば上司想いの部下がそれだけ沢山いたってことだ。
勇者の俺は最初から最後までずっと一人だったのに対して、魔王はそれだけ想ってくれる魔族がいた。
超越した力を手にした者を勇者として奉り代理戦争をさせる人類。仲間のために首領として立ち上がった魔王と、魔王のために身を粉にして戦う魔族。
この異世界において……どちらが悪で、どちらが善なのだろうかと、ふと思ってしまう。
あの魔王と対峙しなければ、そんなことも考えなかっただろうに。
それはそうと玉座の間までのルートを案内掲示板に載せた魔族と、その掲示板を貼ろうと決めた魔族だけは、高評価を押しといてやる。
あれが無ければ俺は延々と魔王城を彷徨い続けていただろう。
俺はその後も無我夢中で階段を下り続けた。
良くも悪くも聖剣が手からすっぱ抜けたことで、体力の消耗が必要最低限で済んだ。
もし、あの時全力で抜刀していたら駆け下りる力なんて残されていなかった。
それでも乳酸が溜まった足で一歩また一歩と踏み出すのは途轍もなくしんどい。
(階段が上がりじゃなくて下りなのが、唯一の救いだな……)
残すところあと三階まで来た時だった。
グラグラ――。
足元が揺れた。
魔王城全体を揺さぶる小刻みな振動が靴底から伝わってくる。天井が剥がれ落ち、窓ガラスは砕けて床や壁には亀裂が走る。
「……気のせいじゃない、か」
揺れは経過するにつれて徐々に激しさを増していく。
崩壊が始まった。それはつまり魔王が死んだことを意味していた。
数秒間だけ目を閉じて魔王に黙とうを捧げたのち、壁に手を当てながら階段を下る。
(次が……もしあれば、その時は全力でやり合おうな。お疲れ魔王)
石のように重くなった足を必死に動かして、何とか一階まで辿り着いた。
あとは正面に見える門扉を抜ければ晴れて魔王城から脱出完了となる。
「家に帰るまでが遠足ってな……」
そのまま通り抜けられるようにと、前もって開けたままにしておいたのだが、崩落によって壁ごと崩れていた。出入口だった場所は、壁と扉だった物で封鎖されていた。
幸いだったのは扉が外と内で片側ずつ傾き交差するように倒れたことで、人一人分ぐらいなら通れそうな僅かな隙間が生まれていたことだ。
夜じゃなくて良かった。
そのおかげで外光が見えた。
あの隙間があることに気づけた。
怠くなった足を必死に動かして瓦礫を登り、邪魔な装備一式はその場で脱ぎ捨て、ミミズのように這いずりながら外に出た。
身体に付いたホコリを払い、数日ぶりに外の空気を目一杯に堪能していると、目も眩むような閃光が眼前で弾けた。
「目が、目があぁぁ!!!」
大袈裟に両手で目を隠しながら一度は言ってみたいセリフを口にしてみたが、割かし冗談抜きで目が開けられない。
実際に受けたことはないが、閃光弾ってこんな感じなのかもしれない。あっちはこれに爆音も追加されてるんだっけか。
目と耳を同時に破壊してくるとか現代兵器マジで怖すぎだろ。
誰でも思いつきそうな感想文を頭の中で書き綴っていると、ぽかぽか陽気だったのが嘘のように肌寒さを感じた。
たかだか数秒の間、目を閉じていただけで、これほど気温が変化するのはおかしい。
ダンジョンであれば、こういったことは珍しくはないが外界ではあり得ないことだった。
自分が今どういう状況に置かれているのか早急に知る必要がある。
俺は恐る恐るうっすらと目を開いた。
「……は? 何でここに。いや、願いが叶ったのか……」
見覚えがあった、見覚えしなかった。
そこはかつての俺が、桜川凪が、命を落とした十字路だった。
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