08-2 陰鬱鉱山
17階層の広大な草原とは異なり、30階層は迷宮に相応しい仄暗い洞窟。
入り組み交差する坑道を松明が気休め程度に足元を照らし、広場の入口前には篝火が左右対称に配置されている。
それらの光源は揺れることなく燃えている。空気の流れが淀んでいるのが目でも分かる親切設計。
ジメっとした不快にさせる湿気に、薄暗く不安にさせる閉鎖空間。
ただそこにいるだけで苦痛と恐怖が精神を蝕む。その上、魔物の相手もしなければならない。
鬱陶しさナンバーワンなその洞窟は、数あるダンジョンの中でも不人気ランキング上位に位置する。
岩肌に埋まった鉱石に、トロッコやツルハシが散乱していることから異世界では、陰鬱鉱山と呼ばれている。
通常なら出口に辿り着くことさえ困難な迷路を技能を頼りに突き進む。
反響する調べは、一定範囲内にいる魔物を索敵する技能で、また屋内に限ってのみ効果がある。コウモリやイルカが行う超音波センサーを疑似的に再現したものだ。
ただこっちは聴覚だけじゃなくて視覚でも認識できるので、どちらかというとウォールハックに近いのかもしれない。
魔物を対象とするこの技能で、なぜ莉緒の現在地を把握できるのかというと、それは魔物の動きを見れば一目で分かる。
ダンジョンに生息する魔物からしてみれば俺達は侵入者だ。そのためダンジョンに入ると排除しようと襲い掛かってくる。
つまり――普段は分散しているはずの魔物が不自然に集合している場所、そこに侵入者がいる。
壁越しから見える魔物の幻影で、莉緒が無事なのは分かっているが、それでも肉眼で確認するまではまだ安心できない。
グォオー! キィーン! ドゴッ!
魔物の咆哮に金属音、打撃音が聞こえる。
現地に近づくにつれてより大きく激しくなっていく。
戦闘音が焦燥感を掻き立てる。
いくつかの角を曲がり迂回し莉緒が戦っている場所に辿り着いた。
遠方からずっと不思議に思っていた。なんで魔物が律儀に列に並んでいるのかと、やっと合点がいった。
坑道の中でもひと際狭い一本道。それでも大の大人が横並びになれるぐらいには広い。ただそれは人間に限っての話で、この階層にいる魔物には狭いようで、1体ずつ通るのがやっと四肢を動かすことすらままならない。
絶体絶命な彼女が少しでも生存確率を上げるために選んだ手段。
逃げることが出来ず戦うしかないのであれば、俺もこの戦法を選ぶだろう。これなら、どれほど魔物がいたとしても、強制的に一対一に持ち込めるからだ。
ただこの戦法を実行するのには少々度胸がいる。挟み撃ちされないように自ら逃げ場のない袋小路に向かう必要があるし、奥が見えないためいつ終わるのか見通しが立たない。
そのため肉体の限界が来るよりも先に心が折れてしまう人もいるが、莉緒に関してはその心配も無用だ。
今回に限って言えば相手がオーガだった点も大きい。オーガは頭部に角が生えた鬼のような見た目をした魔物。巨体から繰り出される拳や蹴りは脅威なのだが、知性は低く動きも鈍いため慣れれば結構戦いやすい部類に入る。
走りながらオーガが何体集まっているのか数えようと思ったが、影が重なるほどギュウギュウだったので諦めた。
何も考えずただただ目の前の獲物を一心不乱に追いかける。
オーガ以外の魔物がこの階層に生息していたらと思うとゾッとする。
色んな幸運と彼女の機転と腕があったかこそ成しえた奇跡。
オーガ達が行儀よく並んでいる最後列に移動し抜刀する。
「握手会場に到着っと。さーてーと、殺りますか!」
オーガに聞こえるように、わざとらしく発声する。
「グオッ? グオオオー!」
オーガは応戦しようと身体を反転する……が、身体が岩肌に引っかかり見事失敗。
幾度となく同様の行動をするが、一度たりとも成功しないことにオーガは困惑しているようだ。
ダンジョンに存在する壁は一切の干渉を受けない、何をしても壊れない。となれば、解決策としては一つ、二つしかない。
両肩の関節を外して回転できる隙間を作るか、もう一つは――。
振り向くことも逃げることもできない無防備なオーガの背に向かって刃を振り下ろす。
ザシュッ!
こうやって俺の手を借りて邪魔な身体を削ってもらうかだ。
ただし、その場合は反転する前に消滅する可能性が高いけど。
「グォ……」
オーガはひと鳴きし正面を見据えたまま消滅した。
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