39-2 虚無勝利
海水に埋もれる頭部を拾い上げ、胸元で両手を組ませた胴体に添える。
駄女神だった物の横に腰を下ろし空を眺める。相も変わらず疑似太陽は燦々と輝き、青空に彩りを与えている。
ゲームクリア、これでもうこの世界に厄災が訪れることはない。仇も討って世界も守れたというのに、何一つ達成感がない。数々の犠牲を払ったというのに、一滴の涙すらも流れない。ただ虚無感が止めどなく押し寄せてくるだけだ。
平行世界、作られた偽物の世界だとしても、彼らといた時間は本物だった。だけど、もう話すことも会うこともできない。
その中でも特に親密だった三人の顔が脳裏をよぎる。
桜川凪の幼馴染に瓜二つで記憶を共有していた彼我結莉緒。
ルークの実妹で異世界転移まで習得して会いに来てくれたミーナ・ランカード。
勇者の好敵手であり運命に翻弄された魔王こと天津谷詩織。
「……莉緒、ミーナ、天津谷……みんな、俺勝ったぞ……」
拳を振り上げ勝利を報告するが返事があるはずもない。
これだ、この静寂が嫌だから俺はずっと一人で戦ってきた。独りならこんな感情に左右されることもない。自由気ままに好きなように冒険し戦えばいい。そこで野垂れ死のうがそれも全部自己責任。誰かのせいにしなくてもいいし、誰かのことを想わなくてもいい。
茫然と何をするでもなく空を仰ぎ見る。
俺がここにいる必要も居たい理由も無い。
もうこの世界でやり残したことは何も無い。
「ずっとここに居るわけにもいかないし、さて次はどうしようかな……あっそうだ。俺にはまだやるべきことがあった。なんで、こんな重大なことを今まで忘れていたんだ」
やるべきことがあるのを思い出した。この世界に訪れた時からずっと第一目標として掲げていたものだ。色んなことがありすぎて、記憶の片隅に置くどころかゴミ箱にポイしていたようだ。
異世界に帰る方法を見つける。
もしあの世界に戻ることができれば、彼らの死すらも無かったことにできるかもしれない。売却されたアイテムを買い戻す方法もあるかもしれない。それが無理なら、また世界中を旅して手に入れてやる。
これまで以上にないほどモチベーションが向上したところで、俺は恐ろしい事実に気づいてしまった。
「……帰る方法を訊く前に殺っちまった。死体に口なしってな……そんな冗談をほざいている場合じゃねぇ!? えっ、これどうしよ、マジでどうしよ。これ積んでない? もう無理くない?」
安らかな顔で永眠る駄女神。ただおかしな点があるとしたら、首と胴がつながっていないことぐらいだろうか。
「これ……こうしたら復活とかしないか?」
生首を手に取り断面が合うように合体させてみる。
ポロリ――。
もう一度試してみる。
ポロリ――。
包帯でグルグル巻きにして外れないように固定してみる。
「おっ……存外いい感じかも……」
グラグラ、ポロリ――。
「ふむ、やっぱダメか~。じゃあこれならどうだ!」
その後もあれこれ試行錯誤してみるが、芳しい成果は得られなかった。
「応急手当てに使う物じゃ限界があるか。しゃーねぇ今度は工具で試してみるか……」
お手軽収納術から釘打ち機とベニヤ板を取り出す。
射出の加減を確認するため試し打ちを行うことにした。ベニヤ板を数枚重ねて引き金を引く。
パシュパシュパシュ!!
圧縮した空気から押し出された釘が、ベニヤ板を貫通しフロートベッドを突き刺さる。
空気が抜けていくにつれて浮遊力を失ったベッドは荷物の重さに耐えられず沈んでいく。
その駄女神もまたベッドと運命をともにして海に沈む。
「はあ~枚数調整ミスった。まあいいか、どうせ首を固定するだけだし……このまま続行するか」
包帯で首を仮固定したのち、ベニヤ板を添え木にしてさらに包帯を巻きつける。
釘打ち機をベニヤ板に当てたところで、予想だにしない出来事が起こった。
「もうやめてぇ――――!! 死体蹴りにもほどがあります、勇者様。死んでもなおこの仕打ち。私それほど勇者様に恨まれるようなことしましたか……ううう、ぐすぐす……びえぇぇぇぇえん!!!!」
半分海水に浸かった生首が急に喋り出したかと思ったら、今度は人目を憚らず号泣し始めた。
ただただシュールすぎて特に何の感情も芽生えない。怖れも可哀そうだという思いも、生きていた喜びも何一つ感じない。強いて芽吹いたものがあるとすれば、それは『泣きかた、赤ちゃんじゃん』という小並感のみだった。
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