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39-1 人刀一体

 ピチャリ――。


 白い指先から赤い雫が滴り落ちる。

 青い海が淡いピンク(ロゼ)に染まる。

 その様子を駄女神は恍惚の表情で見つめていた。

 暫く堪能したあと、脚で波を起こし混ぜ合わせ海の一部にする。


「ぐるぐるぅ~! あはっ!? あはははははははは!!!!」


 歓喜の声を上げて手首を振り血をまき散らす。

 辺り一帯がまた色鮮やかに染まったところで、脚を使い再度人工的に波を起こす。


 女児のように浅瀬で遊ぶ駄女神の首を狙い一閃を放つ。


 シュン――。


 後ろに仰け反り躱された。

 捉えたと思った刃は空を切る。


「おっと危ない! ヒヤっとしました!! 危うく夢に見た一戦がこれで終わるところでした。私としたことが、つい気持ちが昂ってしまいました。これが痛み、これが私の血、そして……これが貴方の殺気。どれもこれも素晴らしい、次はどんな初めてを私に与えてくれるのですか?」


 他人様の神経を逆撫でするような鼻につく言動。だが、それよりも俺がまず気になったのはあの回避行動だった。

 大袈裟に驚いたふりをしているが駄女神は剣速を把握し余裕綽々で回避した。たったの一度見ただけで俺の太刀筋を見切ってきた。


(やっぱ駄女神(こいつ)つえぇ……だが、俺もまだ本気を出せていない……)


 魔王戦の時は聖剣つまり西洋剣だった。だけど、今回の得物は俺が最も得意とする日本刀。

 練度や精度は段違い。手に馴染む……でも、あの頃に比べたら遅すぎて話にならない。桜川凪(当時)ルーク()では体格も違う。そこの微調整も必要だ。


(身体の使い方を、爺ちゃんの教えを思い出せ。ルーク・(なぎ)・ランカード……この様では目も当てられない……)


 使い手がこれでは、天之尾羽張(あめのおはばり)が可哀そうすぎる。神話武具(ミソロジー)をなまくら刀にするわけにはいかない。


 刀を滑らせるように鞘から一気に引き抜き神速の斬撃。

 これこそが抜刀術の真髄であり門下生が最初に教わる基礎知識。


 居合のタイミングを事前に知らされていても回避も防御も間に合わない。斬られたことすら気づかない抜刀術。爺ちゃんが見せてくれたあの一撃を、爺ちゃんの教えを思い出せ。




 人刀一体(じんとういったい)――己自身が一振りの刀となれ、さすれば森羅万象、斬れぬもの無し。


 目を閉じて息を吐く。

 左手を鞘に、右手は柄に。

 呼吸は緩やかにそして深く。


「だんまり目まで閉じちゃって、どうしたのですか、勇者様? まさかとは思いますけど、こんなに私を滾らせておいて、これでお終いってことはないですよね?」

「……スー……ハー……」

「お~い勇者様聞こえてますか~って! あと1分で時間切れになっちゃいますよ~って!!」


 意識が水底へと落ちていく。だけど、息苦しさも感じないし不安もない。心は穏やかで安寧すら覚える。何もかもを見通せるような研ぎ澄まされる感覚。


 その状態を維持しつつ、脳内で何度も祖父の動きを繰り返し再生する。


 脳内模倣完了(インストール)


 あとはこれをどこまで実際に再現できるかってところだな。腕の鈍った現状においては、甘く見積もっても3割出せればいいほうだろう。だが、それだけ模倣できれば十分だ。


 ゆっくり目を開き駄女神を見据える。


「やっとお目覚めになってくださいました、か……あーなるほど。さっきのはただの準備運動でしたか」

「……無手でいいのか?」

「ええ大丈夫です。殺る気になってくれたのは、嬉しいですけど勇者様の太刀筋はもう解析済みです。いくら速くなったとしても、それさえ解れば躱すことなど造作もないです」

「……そうか。なら試してみるといい……参る」


 駄女神の首めがけて抜刀術を繰り出す。


 チッ――。


 刃が空を切ることはなかった。

 途中で何かに妨げられたからだ。


 ひと仕事終えた天之尾羽張(あめのおはばり)を納刀し駄女神に声をかける。


「余裕で躱せるんじゃなかったのか?」

「ふ、ふふふ……私にこの子達を使わせるなんて……さすがです、勇者様。ですが、この子達を使わせた以上もう貴方も終わりです」


 少し焦り気味に駄女神はそう口にする。両手には彼女が《《あの子達》》と呼ぶ武具が顕現していた。異世界(ツァウベル)において、神代の頃から語り継がれる武具。かつて勇者と魔王(俺達)が雌雄を決するべく振るった2本の剣。


 駄女神は「懐かしいでしょ勇者様」と、愉悦な笑みを浮かべ見せびらかしてきた。


「……聖剣に、魔剣もか。そりゃそうか、元はお前の物だもんな」

「ゲームを盛り上げるためには必須でしょ? それにえっと……ラスボス? にもこういった演出が重要だと思うのです。絶体絶命ですね、勇者様。次は何を魅せてくださるのですか?」


 右手には聖剣、左手には魔剣。聖魔一対の剣、世界を混沌に導く女神にはピッタリの武具。だからこそ、このあとの展開もまたお前にピッタリだ。


「あまり振り回さないほうがいいぞ……」

「いったい何の話ですか?」


 パキっと駄女神の両手から金属が欠けるような音が鳴る。その音は次第に大きくなる。最後にひと際大きな音を出したのち、2本の剣は粉々に砕け散り海の藻屑となった。


「だから、言っただろ? 振り回すなって……」

「あっは! 私が丹精込めて創造した聖剣と魔剣(この子達)が、こうも容易く破壊されるなんて思いもしませんでした」


 浅瀬に溶け込み砂金のようになった剣を見下ろしながら駄女神は歓喜の声を上げる。

 はしゃぐ子供をあやすように俺は優しい声色で忠告する。


「あんま下を向かないがいいぞ……」

「えっ……なぜです……あーそっか、そうだったのですね。私も斬られていたのです、か……さすがは私の勇者さ――」


 バッシャ――ンッ!!!!


 50センチ強の物体が落下し巨大な水飛沫をあげた。

最後まで読んでくれてありがとうございます。


面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。

特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。


他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。

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