38-5 悪夢連夜
どうして俺は座っている。なぜ立ち上がろうとしない。目の前に仇がいるというのに、武具を手にしてなぜ戦おうとしない。彼女達の死に報いろうとしない。
自問自答を幾度となく繰り返すが、答えは出ず何もやる気が起きない。ただ時間だけが刻々と過ぎていく。
「……勇者様。残り3分ですよ。世界終わっちゃいますよ?」
駄女神が時報のように残り時間を告げてくる。
どうでもいい俺にはもう関係ない。世界が終わる? 好きにすればいい、莉緒が居ない世界に何の興味も無い。勝手に滅べばいい。もう頑張らなくていいと思うと精々する。どうせこの世界は紛い物なんだし、消滅したところで誰も悲しまないじゃないか。ただゲームが終わる。それだけの話じゃないか。
「困りました。最終目的は確かに勇者様を屈服させることですけど、これは私が思い描いていた決戦じゃないです。さてさて、どうしたものやら……ああ次はこれでいってみましょう!」
何か閃いたらしく駄女神は晴れやかな声を上げる。
今さら何をどうしたところで沈んだ心が浮上することはない。
「勇者様、勇者様……これ見覚えありませんか?」
駄女神は俺の足元に黒焦げの盾を放り投げてきた。
色彩の消えた虚ろな目でその盾を茫然と眺める。
「……え……なんで……」
焼き焦げて黒ずんだ盾の中央に薄っすらと赤い線が見えた。
盾の形状といい十字に走る赤……この盾は俺が倉原先生にあげたものだ。
世界に一つしか存在しないはずの円卓の盾ガラハッド。
それをなぜ駄女神が持っている。なぜこれほど焼き焦げている。
「なぜなぜなぜなぜなぜ……なんでお前が持ってる?」
「おっ! いい反応ですね、ふむふむ。勇者様、戦う前に質問したの覚えてます? 『なぜ誰もいないのか。みんなどこにいったのか』ってやつです。これがその答えです」
「……なに、なにを言ってる……これが答え?」
「勇者様、さすがにニブチンすぎますよ。そうだ、百聞は一見にしかず。全部お見せしますね!!」
その言葉を境に環境が一変した。
灼熱に焼かれて海は枯れ砂は灰になった荒涼した環境に、海が戻り灰は白砂と元に戻っていた。
周囲を見渡すと三人の姿はなく、その代わりに数百を超える武具が散在していた。その中には、見覚えのある武具がいくつか転がっていた。
「あれは金剛杵……一志の雷上動もある。それにあれもこれも……俺が1年E組に貸した武具……ああウソだろ方天画戟まで……」
そして――その武具周辺の海だけは透き通った青色ではなくて、なぜか淡いピンク色をしていた。
彼らに何があったのかなど、訊きたくもないし知りたいとも思わない。だけど、そんな心境などお構いなしに駄女神は、喜悦の表情で問いかけてくる。
「これでご理解いただけましたか?」
彼らがどんな結末を迎えたのか、その光景を見れば誰だって即座に理解するだろう。だけど、訊かなければ知らなければ、それはまだ確定じゃない。生きている可能性も残されている。そう思えることができる。
その意志に反して自然と口が開いていた。
「……彼らはどこにいる? 莉緒達をどこにやった?」
「訊かずとも、もうとっくに気づいておいででしょう?」
「だから……どうしたのかと俺は訊いている!」
「いいですね、その表情ゾクゾクします。その顔に免じてお答えいたしましょう。可燃ゴミは焼却処分するに決まってるじゃないですか」
「燃やしたのか……全員を? 莉緒達も……?」
「おかしなことを訊きますね? 確か勇者様のところって死んだら燃やしてませんでしたっけ? なぜそれで怒るのですか? ああごめんなさい。ゴミって言ったのがダメでしたか?」
駄女神は頬に手を当て首を傾げている。俺がなぜ激昂しているのか、本当に理解していない様子だ。
容姿が似ているだけで神は人とか完全に異なる存在だと、今になってようやく心の底から理解できた。問答したところで相容れない、仲良くなることも理解を深めることもない。
愛情と憎悪は表裏一体。
かつての駄女神がそうだったように、勇者もまた同様の素質を持っていたらしい。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
どうでもいいと無気力になっていたのがウソのようだ。いまはやる気に満ち溢れている。復讐心に身を委ねるのもまた一興。願いを叶えてやるとしよう。
「……お手軽収納術……駄女神……」
とある一振りを取り出しながら駄女神に声をかける。
「はぁい! な、なんでございましょうか、私の勇者様ぁ!!」
「ありがとうな……お前のおかげで覚悟が決まったわ……殺す覚悟が……」
「やぁっと私の願いを聞き入れてくださったのですね。恐悦至極、天にも昇る気持ちです♡」
「……構えろ、気を抜くな……少しでも気を抜けば、その首なくなるぞ……」
「心配など不要です。いつでも構いませ――」
カチ――シュン――カチ。
鍔を弾き、武具を鞘から引き抜くと同時に横一閃に薙ぎ払い、鞘に戻す。
物心がついた頃から祖父に叩きこまれた抜刀術。頭で考えずとも身体が一連の動作を覚えている。
「だから……言っただろ? 気を抜くなって」
駄女神の首筋に赤い線が引かれる。
駄女神は首がつながっているのを確認するように手のひらを当てる。
指先に付着したものとは異なる鮮血がそこに付着していた。
「……私が躱しきれなかった!?」
雫が垂れるだけで吹き出すまでには至らなかった。
(刎ねるつもりでいったが、薄皮のみか……やっぱこの程度じゃ殺せないか……)
もっと精神を研ぎ澄まさなければ、もっと殺意を込めなければ、もっとあの頃に戻らないと。
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