38-4 悪夢招来
世界の命運をかけた決戦の火蓋が切られてから数分が経過した。
幾度となく攻撃を繰り出すが駄女神に致命傷どころか、かすり傷一つ付けられずにいた。
4対1という圧倒的有利な状況で、技能や呪文もフル活用しているにもかかわらずだ。
武具すら装備していない相手に劣勢を強いられていた。涼しい顔でのらりくらりと躱し反撃と称してデコピンしてくる。
完全に弄ばれている。
天津谷は体力が回復したとはいえ万全ではないし、莉緒とミーナは最前線で戦い続けて疲弊している。俺もまた運搬作業により腕も脚も乳酸が溜まり動かすのも怠い。だけど、それが理由でこんな無様な戦闘をしているわけじゃない。圧倒的な実力差によるもの。こちらが万全だったとしても、状況は1ミリも好転していないだろう。
そんな変化のない状況に飽きたのか駄女神は、目蓋をこすり欠伸をしながら訊ねてきた。
「ふあぁぁ~あの勇者様……私と殺り合う気ありますか?」
「何を今さら……あるに決まってんだろ。じゃなかったら、お前に斬りかかってなんてしてない!」
「……そういう意味ではなくてですね。私を殺すという意思といいますか、敵意のようなものを一切感じないのですよ。彼女達のようにビシビシと感じるような敵意を私に向けてくださいな、勇者様」
「分かってる、分かってるよ! お前を殺さないと世界が終わっちまう、ああ分かっているさ!」
剣術とも呼べないただ棒切れを振り回すように連撃を放つ。
ビュンシュンシュバ――。
ただただ虚しく斬撃は空を切る。
闇雲に刃を振ったところで躱されるのは目に見えていた。理解していても振りかざすしかなかった。俺の心を見透かすように核心をついてきたからだ。
駄女神のことを俺は憎み切れていない。自己満足のために、ゲームのコマとして俺を転生させた。そんなこと分かっている、分かっていても恨めない憎めない。
前世の記憶を有した状態でルークという人生を贈り物してくれた。そんな駄女神を誰が心の底から憎悪できるだろう。そんなことできるわけがない。
あの時、俺が駄女神に告げた言葉は噓偽りのない紛れもない本心。
「……残り14分です、勇者様」
「はあはあ……何がだ?」
ポツリと呟いた言葉に肩で息をしながら聞き返す。
「あと14分で世界が終焉を迎えると言ったのです。なのに、貴方ときたら全然本気になってくれません……私は残念で仕方がありません。代替案を閃いたあの時から、ずっとこの日を待ち望んでいたというのに、勇者様は全然楽しんでくれない。そんなことが許されるとお思いですか?」
「まだ14分も残っている。それだけあれば十分だ。お前を地に伏せさせるにはな!」
「……本当に貴方はお優しい人です。気づいておいでですか? こんな危機的状況だというのに、貴方はいまだに私を殺すと言わない。私を不殺せず世界を救う道を探っている。勇者様、そんな生温い解決策などありません。残念です、本当に残念です……なので、彼女達に手伝っていただくことにしました……」
目を細め嘆息をついたのち駄女神は、莉緒ミーナ天津谷の順で視線を移す。
「何をする気だ……駄女神?」
「これも全ては勇者様のためです。どうぞその眼に焼きつけてください」
一瞬の出来事だった。
彼女達の首筋に薄っすらと赤い線が引かれたと思ったら、次の瞬間そこから鮮血が吹き出しバタリと倒れた。
受け身も取らず顔面から倒れ込む。真っ黒な灰に真っ赤な血が広がり染め上げていく。
「これで少しは本気になってくれますか?」
駄女神の指先に付着した紅い液体が滴り落ちている。
あいつが何を言っているのか理解できない、全く頭に入ってこない。
心臓が痛い、目がくらむ、意識が混濁する。
駄女神は自分に敵意が向くように挑発をしてきた。自分に対して敵意がないということは、駄女神にとってそれは許しがたい行為。ゲームを真剣に遊んでいない、楽しんでいない、熱中していないことを意味する。だけど、これはその域を超えている。
「動け……動け俺! まずは救助だ、そうだ回復! 回復させないと!」
自らに命令を下すように声掛けをして無理くり身体を動かし治療にあたる。
自負できるほど倉原先生の時以上の手ごたえを感じる応急処置。
まさに完璧な治療だった。そのはずなのに。
「なあおい……莉緒、ミーナ、天津谷……なに無視してんだよ? 返事、しろよ……なあ、返事……」
犠牲による癒しで傷も癒えたはずなのに誰も起き上がらない。
身体を揺さぶっても声をかけても反応がない。まるで人形のように目を見開いたまま動かない。
冗談にしては笑えない。
自分の甘さが原因で招いた悪夢。
惨めな自分に無力な自分に苛立ち腹が立つ。
怒りよりも憎しみよりも先に嘆きが押し寄せる。
俺がもっと早く本気で戦っていたら、覚悟を決めていたらこうはならなかった。
「情けない、なにが勇者だ。何も守れてないじゃないか……」
「う~ん、これではダメでしたか。残念、彼女達は無駄死にでしたね」
ポキッ――。
胸の奥底で何かが砕ける音がした。
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