38-3 爆発呪文
線香花火を思わせる儚げな光が駄女神の頭上に発現すると、そのまま重力に引かれて落下する。
爆発と呼ぶには、あまりにも弱々しい光。だからこそ、俺はこのあとに起こり得る現象を想像して身震いした。
あれは火種であり導火線――その導火線の行き着く先は駄女神だ。
「莉緒! 天津谷! すぐに俺の後ろに回り込め!!」
「えっなになに?」
「四の五の言うとらんで、勇者の言うとおりにしたほうがいいぞ。じゃないと、お主……黒ギャルどころか焼け焦げるぞ?」
「えっちょそれどゆこと? あっでも黒ギャル……」
天津谷は莉緒の腕を掴み連れ込むように俺の背後に隠れる。
火種が雷管に触れる。
次の瞬間、弱々しかった光は赤黒く禍々しい光へと変化し破裂した。
抑圧された膨大なエネルギーが解き放たれる。その熱は全てを否定し拒絶する。
耳をつんざく轟音に肌を焼くような熱風が巻き起こる。数センチ先すら見えない濃霧が周囲一帯を包み込む。
この階層全域がサウナ室に様変わりしていた。ロウリュを生命に支障が出るギリギリまで行ったかのような熱気を帯びた水蒸気。人間にはあまりにも耐え難く辛い高温多湿な空間。
数十秒ほどで濃霧は綺麗さっぱり消え去った。それに合わせて気温や湿度もまた元に戻る。だが、戻らないものもあった。
開けた景色に俺は目を疑った。
あの青く澄んだ海は蒸発し跡形もなく消滅していた。彩っていた白砂は、莉緒の手料理のように暗黒灰と化していた。
その凄惨な光景が呪文の威力を物語っていた。
咄嗟に技能を発動して防御を固めていなければ危うかった。
発動が1秒でも遅れていたら俺も無傷ではいられなかったはずだ。
強固な戦術は守備に分類される技能。その効果は、一切の身動きが取れなくなる代わりにどんな攻撃も受けなくなる。効果時間は最大30秒で最小1秒となっていて、その時間内であればいつでも解除可能。防御という一点において、この技能を超えるもの存在しない。ただ難点もあって再発動可能に24時間かかる。
いくら異能な技能で使い放題になったとはいえ、この制約を踏み倒すことはできなかった。支援は連続発動可能だったこともあって、余計にこれが重苦しく感じる。
ミーナが鶏冠に来ていたのは分かっていた。だけど、会話中に最大威力の呪文を放つとは予想だにしなかった。
水分を含んだ制服は肌に吸いつき濡れた髪は顔にへばりつく。海水で足裾を濡らすだけでも嫌だってのに、全身海水だらけで本当に気持ちが悪い。非常にストレスマッハな状況だが、発散も解決も後回し。まずはこんな大技をブッパした妹を叱るのが先決だ。
爆発中心地を懐疑的な目で見ているミーナに声をかける。
「あのさミーナ、隙を狙っての一撃はいいけどさ。せめて……って、なあ兄ちゃんの話、聞いてる?」
「……兄さん、いま、すぐに武具を構えてください」
神妙な面持ちでミーナは戦闘態勢をとれと告げてきた。
妹が視線を向ける先には、呪文が爆ぜる前と同じ姿勢で佇む人影があった。
「あれが直撃してピンピンしているとか……マジか……」
「ええマジです……感情に身を任せて放ったとはいえ、あの女神はわたくしの最大呪文を耐えたようです。へえ~なるほど、神という名は伊達ではないということですか」
「つうことで、まだ俺らにも活躍のチャンスがあるらしいぞ。莉緒、天津谷!」
背後から莉緒と天津谷がひょっこりと顔を出す。
「はあ……ガチで!? あれで倒せないとか、バケモンすぎない……まあなかなかの燃える展開に、あたしワクワクするわ!!」
「お主は楽しそうでいいな……まあ余もだけどな! それに一度試してみたかったんだ。神に祝福された聖剣で神殺しができるのかをな……です」
天才魔術師が現状扱える呪文の中で最大の火力を誇る呪文。それをさらに超過剰出力を併用し威力を格段に上昇させた。発動タイミングにより防御も回避も間に合わない不意打ちの一撃。
爆発の余波だけでこちとら命の危機を感じたというのに、駄女神は何事もなかったかのように平然としている。
「……あの勇者様? まだお話の途中でしたよね? 戦闘前にそれ聞かせていただいてもいいですか? 途中で止められると、私気になって眠れそうにないので……」
各々武具を構え直し準備万端って時に、駄女神は素っ頓狂なことを口にした。
「……えっ、あー確かにそれもそうだな。俺としても心置きなく戦いたいし、分かった。せっかくだし、もう一度最初から話すよ」
「それはそれはありがとうございます。では、よろしくお願いしますね」
「えっ、ウソでしょ……? やる気がそがれるんですけどぉ!!」
「俺にも考えがあるの。すまんミーナ、今のうちに頼む……じゃ言うぞ。駄女神、お前には――」
「あーそういうことでしたか、これはわたくしが先に気づくべきでした。洗浄! 乾燥!」
「ほお~髪が服がさらっさらになりおった……です」
どんなに戦意が闘志が漲ろうが関係ない。俺はこんなベッタベタで塩まみれな状態で戦いとうない。
これで気分もリフレッシュやる気も満ち溢れるってもんよ。その証拠に、ブーブー言っていた莉緒も上機嫌になっているし、天津谷も晴れやかな表情をしている。
ただ一人、呪文をかけた本人だけは、冷徹な眼差しで傾聴する駄女神を捉えていた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。
特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。
他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。