38-1 不穏気配
黒い靄が視認できる距離まで近づいたところで違和感を覚えた。
ゲート前にいるはずの人影が一つもなかった。
ボスを撃破し先に外界に帰還したのかとも思ったが、どうやらそれも違うらしい。
ボス未撃破を証明するようにゲートが封印されていた。だが、そのボスの姿も700人近い集団の陰すら見当たらない。視界良好な状態で、なおかつ1階層には障害物と呼べるようなものは一つもない。なのに、人っ子一人視界に収めることができなかった。
意味が分からなかった。
この距離になるまで莉緒もミーナも天津谷も、このことに気が付かなかった。
雑談していたとはいえ、誰一人として気づかないことなどあり得ない。
魔族なら殺意ダダ洩れのため1階層に着いた時点で、否が応でも全員気づいているはずだ。殺意を無い魔族だったとしても、天津谷が見逃すはずがない。技能を使っていれば俺が、呪文を使っていたらミーナが勘付きそうなものなのに、それらにも引っかからなかった。
俺達の知らない未知の能力を行使しているとしか思えない。この違和感だらけの光景を創り出しているのも、その能力によるものなのだろう。
最弱ボスに、こんな芸当ができるとは到底思えない。ここにいるのは通常のボスじゃない。ゴール目前のタイミングで、こんな強敵を配置するとは、何とも狡猾な駄女神らしい企みだ。
生半可な人間だったら、これだけでボロボロに心を圧し折られて戦意喪失していたことだろう。だが、残念ながらここにいるのは歴戦の勇士達だ。この程度で折れるほど柔な人間じゃない。
莉緒とミーナは即座に臨戦態勢をとる。俺は天津谷を降ろしお手軽収納術を発動する。
デュランダルを取り出し天津谷に手渡す。万全とはいえないが、それでも片手で振り回せる程度には彼女の体力が回復していた。
次にクラウ・ソラスを取り出すとそのまま上空に放り投げた。
「これでボスを索敵するっ!」
その挙動に三人は「はあ……?」と声を上げ頭上の短剣を仰ぎ見ていた。
神話武具に分類される短剣クラウ・ソラス。
刃渡り50センチほどの短剣。特徴的な装飾もないため一見ただの銀製の短剣を思わせる。切れ味は神話武具ということもあり申し分ないが、それだけなら別に他の武具でもいいじゃんって話になる。見た目も相まって神話武具の中でも、特に平凡な印象を受ける。
が、この短剣にはそれらを払拭する便利機能が二つ備わっている。それが索敵と自動追尾である。索敵はその名のとおり、一定範囲内にいる敵対者を見つけ出す機能。次に自動追尾は索敵した相手を追いかけて攻撃する機能。この二つを併せ持つことで、この短剣は唯一無二の地位を確立している。
ブリューナクのように矛先だけが伸びるとかではなくて、クラウ・ソラス自体が敵めがけて飛翔する。しかも、相手が息絶えるまで延々と付き纏い刺し続ける。俺個人としては使用頻度は結構低めだったりする。あまりにも便利すぎて戦っている実感が湧かないのだ。ブリューナクのように持たなくてもいい、ただ投げるだけであとは全部自動でやってくれる。自ら刃を振るうこともなく戦いが終わる。それの何が楽しいのだろうか、それで何が昂るというのか。
その思考回路自体が完全に戦闘狂のそれである。やはり認めざるを得ないか、非常に心外だが自認する時が訪れたようだ。
なにがあったのか全く把握できていないが、時間も差し迫っている以上、まずはボスの撃破に専念するべきだ。1年E組や部隊の人達を心配するのはそれからだ。
ボスが現存しているのなら、この短剣は必ず見つけ出し刺突するはずだ。
クラウ・ソラスは予想外の方向に飛んでいった。俺達を飛び越えて後方に向かって飛翔するが、ある距離まで進んだところで動かなくなった。
後方数百メートルの位置で、地に落ちるわけでもなく空中で停止している。
クラウ・ソラスは確かに索敵し仕事を成した。敵がいなければ、この短剣は使用者の手に自動で戻ってくる。その短剣が攻撃を続けず戻ってもこないということは、そういうことなのだろう。
「マジか……そんな魔物も魔族も聞いたことねぇわ……」
新幹線並の速度で飛翔する短剣を何らかの方法で、移動できないように押さえつけている。
見た目はともかく、あの短剣は神話武具だぞ。それをこうも容易く攻略してくるボス。魔物か魔族かは不明だが、このボスは冗談抜きで相当ヤバい相手だ。
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