37-4 悠々帰還
あの運び方になぜか抗議活動を始めた両名を言葉巧みに抑え込み出口を目指す。
ボスを倒し階層を下っては、またボスを倒し階層を下る。その道中、幾度か先導する莉緒とミーナは振り向きこちらの様子を窺ってきた。
ただ俺達を見るその眼は、ついて来ているのかという心配よりも、どうして自分達の意見が通らないのかという不満に満ちていた。
その表情から察するに、いまだに納得していないのが容易に想像できる。
この運び方の何が彼女達の逆鱗に触れたのか、サッパリ理解できない。おんぶの時ですら二人は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。ということは、天津谷を運ぶこと自体がダメなのか。だが、天津谷は歩くのがやっとだった。二人がどう思おうが、結局はこの方法を取らざるを得なかった。
それが分かっているからこそ、あの二人もすぐに矛を収めてくれたのだろう。そう思うことにした。
あの二人に反して、天津谷は満面の笑みをこちらに向けている。この体勢で運ぶのも運ばれるのも、しんどいはずなのに一度も笑顔を絶やしていない。
俺にはよく分からんが、抱きかかえて運ばれるのが余ほど嬉しいらしい。何はともあれ騒がず静かにしてくれているのは、こちらとしても助かる。その上、運搬しやすいようにと、身体を密着させて重心を俺のほうに寄せてくれているのもナイスだ。そのおかげで腕にかかる負担もかなり軽減されている。
とはいっても、武具を手にして満足に戦えるかと言われたら微妙なところだろう。いけなくはないが、使用する得物は限られる。斧や槍といった両手を使う武具は無理、刀剣も厳しそうだ。となると、残すところはナイフやダガーといった短剣になる。
いまの状態で最も戦果をあげれそうな短剣となると、やはりあれ一択になりそうだ。
そうこうしているうちに俺達は8階層まで戻ってきた。あとボスを8体倒してゲートを7回潜れば、晴れて完全制覇達成だ。偽りなき正真正銘の完全制覇。今度こそようやく魔物大進軍を阻止できる。制限時間まで、まだ30分近く残されている。
低級階層のボスは上級階層の魔物にすら劣る強さだし、これなら何ら問題なく間に合いそうだ。
俺の予想どおり順調に事は進んだ。
2階層のゲートを通過し、約21時間ぶりに1階層の白砂を踏みしめる。
相も変わらず1階層の環境は素晴らしいの一言に尽きる。
景色も最高、天候も最高と申し分ない。
澄み渡る晴天にターコイズブルーの海。水底に敷き詰められた白砂は、陽光を浴びて煌めている。
完全制覇してしまえばダンジョン自体が消滅する。この景色もこれで見納めとなる。
それは他の階層にもいえることなのだが、ここだけはどうしても目に焼き付けたかった。
きっと俺に未練があったからかもしれない。ぽかぽか陽気のなかでフロートベッドにのって眠りこけるという俺の夢。こんなことなら、一度くらい下見しておくんだった。
まさか休憩階層よりも心安らぐ環境があるなんて誰も思わないだろ。だからって、それを理由にボスを倒さないとかあり得ない。どうせ今さら作戦を練ったところで、もう何もかも手遅れのはずだ。
この階層には、最終防衛ラインとして陣取っている御伽適応者の面々がいる。それに俺達よりも先に退却したはずの後行部隊も合流している。負傷者を除外しても総勢500人強の精鋭が、たった1体のボスに苦戦するとは思えない。しかも、ボスはボスでも最低級階層の最弱。どう転んだとしても負ける要素ゼロ。
つまり、俺の細やかな夢はもうすでに潰えているわけだ。どうしても叶えたかったというわけでもないが、一度ぐらい体験してみたかった。この名残惜しい気持ちは全てハンモックに捧げてやる。どっちも揺ら揺らするのは同じだしな。
「――てなわけで、俺は男爵屋敷に自分用ハンモックを作る!」
「いいな~それあたしも欲しい! つくって、つくってくれないなら、あんたのハンモックを占領するわよ!」
「莉緒さん、分かっておりませんね。こういうのは自分で作ってこそ愛着が持てるのですよ」
「な、なるほど……ミーナの言うことも一理あるわね。分かったわ、あたしは一人で作る!」
「ええそれがよろしいでしょう。では、わたくしは兄さんに手伝ってもらいますので、莉緒さんは独りで頑張ってください」
「はぁ……? あんたまさかあたしを憚ったの!?」
横一列で雑談しながらみんなが待っているゲートへ向かう。
もう全部終わったと、解決したと、俺達はそう思っていた。
あの光景を目の当たりにするまでは……。
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